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<4>キキョウ

僕達の地球(ほし)


<4> キキョウ




「――――なぁ、美羽…俺達そろそろ別れないか?」

 健太の言葉に、宇治金時パフェを食べていた私の手が一瞬止まった。

「…え?何?」

「…だから…俺達、そろそろ…」

 私は再び宇治金時パフェを口いっぱいに頬張った。

「…ん〜…頭キンキンするぅ〜!」

「おい!美羽って!」

 健太がいつものように苦笑いしながら私を見ていた。

「…聞いてるわよ。別れたいんでしょ?」

 私の言葉に、健太はまだ苦笑いをしたままだった。

「その方がお互いに良くないか?お前もそう思ってただろ?」

「…うん…そうだね。エッチも全然しなくなってたし…良い時期かもね」

 健太はくくっと笑った。

「ちょっとぉ〜いくら嬉しいからってここで笑わなくてもいいんじゃない?相変わらずデリカシーないわね!」

 私は本気でムッとして…でもやっぱり笑顔でそう言っていた。

「…いや…そういう意味じゃなくて、本当にお前ってすげぇなって感心してたんだ」

「は?」

「お前なら、俺なんかいなくても大丈夫だよ」




 6年も付き合ってたのに…あんたは私の事なんかこれっぽっちも理解してなかったんだな!

 このバカ男!!





「――――目、腫れてないね」

 同じ会社で働いている親友の(ゆい)()が私の顔をしげしげと見ながら言った。

「何で私の目が腫れるの?」

「だって、あんた25歳の誕生日に6年間も付き合ってた男に振られたんでしょ?何で泣き明かした痕跡が微塵もないワケ?てか、何普通にもりもり弁当食ってるワケ?」

「そんな事言われてもなぁ〜…」

 タコさんウインナーを口に運びながら言った私の言葉に、結己は呆れたようにため息を吐いた。

「何であんたっていつもそうなの!?そうやってヘラヘラしちゃって!いっつも損してるじゃない!6年も付き合ってたんだよ!6年も!それを何も責めずにあっさり健太君の言う事聞いちゃったワケ!?」

「もう…そんなに熱くなんないでよ〜仕方無いじゃん!実際もう冷めてはいたんだから…」

 大好物の卵焼きをお箸で半分に切りながら、私は言った。

「あぁんもう!美羽!何であんたはそんなにお人好しなのよ!!」

「去る者は追わず…これが私の理念…」

 私はそう言って、頷きながらご飯を頬張った。

「何が去る者は追わずよ!来る男も去る男もいなかったくせに!」


 本当に結己は失礼な親友だ。

 でも間違いではない……。


 初めて付き合った男性は健太。

 初めてキスした男性も健太。

 初めてエッチした男性も……健太。

 確かに健太は私にとって何でもかんでも初めての男だった。



『その方がお互い良くないか?お前もそう思ってただろ?』


 よく言うよ。私がそう思ってるなんて何で言い切れる?

 知ってるんだぞ!あんたに好きな女が出来た事。だから私の事邪魔になったんでしょ?



 こんなに悶々と考えていても、涙なんて一滴も流れてこない。

 いつからこんなになったんだ?

 ずっと前からだ。

 誰のせいだ?

 あの人のせいだ。


 絶対、ママのせいだ。



「―――どうして?どうして健太君と別れちゃったの?」

 大きな瞳に涙をいっぱい溜めて…ママは震える声で私に言った。

「…どうしてって…色々あるのよ!もう!なんでママが泣くのよ…」

「だってぇ〜…あんなに仲良かったじゃない!結婚するって言ってたじゃない!うわぁ〜ん!」

 私は本当にウンザリしながらテーブルの上にあるティッシュ箱に手を伸ばした。

「もう泣かないでよ…ママ…」

 ママは私が手渡したティッシュで勢いよく鼻をかんだ。

「グス…グス…健太君ってバカな男よ!美羽ちゃんみたいな良い子と別れちゃうなんて…ホントにバカよ…グス…」

「…うん…そうだね…」

 顔を真っ赤にして泣きじゃくるママを見つめながら、私は……そんなママをとても羨ましく思っていた。




 私のママは本当に可愛い人だ。

 お人形さんのような容姿に華奢な身体。ころころと笑う明るい笑顔。そしてゆるゆるの涙腺……私のママは本当に感受性豊かな人なのだ。

 嬉しい事や悲しい事があれば、それが自分の事じゃなくても、自分の事のように涙を流す。

 私は小さい頃からそんなママを見て育った。そしてそんなママを死んだパパの代わりに守らなくてはいけないと思い、私は強くなろうと決心した。

 私はそうやって泣き方を忘れてしまった。









「―――あぁ…寒い…寒過ぎる…」

 キンキンに冷えた狭いオフィスの自分のデスクで、私と結己はカタカタ震えていた。

「まったく…うちの会社ってさぁ、全然時代の流れに乗ってないよね」

「うん…まぁ、小さな会社だからね」

 結己の言葉に私は頷いた。

「見て!設定温度21℃!!少し上げてもいいかなぁ?」

 同じ女子社員がエアコンの設定温度を見ながら言った。

「上げちゃいなよ!」

 結己はブランケットをお腹の辺りまで広げながら言った。

「こら!何やってるんだ!外はどんだけ暑いと思ってるんだ!外回りの連中の事も考えろ!!」

 総務主任の怒鳴り声が狭いオフィスに響いた。

「…何よぉ〜、自分だって一歩も外に出ないくせにねぇ〜…」

 実際、外回りの社員は外とオフィスの温度差に結構堪えていた。だからこんなにオフィスをキンキンに冷やさなくてもいいのだ。でも社長がものすごい暑がりな人で、だからオフィスはいつもキンキンに冷やされていた。

「…うちの会社って結構赤字なんだってよ」

 結己が他の女子社員と喋り続けていた。

 その時だった。デスクの上に置いていた携帯が鳴った。私は慌てて携帯を持ってオフィスを出た。自動ドアの近くに置いてある観葉植物の横で、私は携帯に出た。

「…もしもし?」

[ ―――もしもし?美羽ちゃん?]

 聞き覚えのない声。

「…はい…どちら様ですか?」

[ 私ね、あなたのお母さんのお友達の緑川っていう者なんだけどね…]

 ママの友達?緑川って…どこかで聞いたような…

[ 艶子さんが参加されてる“グリーン・アース”の責任者って言ったら分かるかしら?]

「あぁ!!」

 思い出した。ママは1年ぐらい前から地域のボランティア活動に積極的に参加していた。そのボランティア会の名前が確か…“グリーン・アース”とか言う名前だった。

[ ごめんなさいね、いきなりお電話しちゃって…実はね、今日の活動中に艶子さん具合悪くなっちゃってね…]

「え!?」

[ もう大丈夫よ、心配しないで。私の家で休んでるから…それでね、美羽ちゃんが仕事終わってからでいいから艶子さん迎えに来てくれない?家の場所教えるから…]

「…あっはい!分かりました!ご迷惑掛けてすいませんでした…」

[ いいのよ、気にしないで。今近くにメモ用紙ある?]

 私は慌ててオフィスに戻った。緑川さんが言う通りにメモし、携帯を切った。


 なんか…とっても優しそうな声の人だったなぁ…


 ママはよくこの緑川さんの話をしていた。

 旦那さんが自治会長で、奥さんは地域婦人会の会長。地球環境問題に夫婦でとても熱心で、“グリーン・アース”という会を作り、地域の清掃活動や学校や公共施設の花壇の手入れなどを率先してし続けていた…と、ママは熱く語っていた。

 ママはこの緑川夫婦をかなり尊敬していた。




 私は仕事を終えて、急いで家へ帰り、ママの愛車イエローマーチを走らせた。

 緑川さんに教えてもらった家は…閑静な住宅地で一際目立つ立派な一軒家だった。

―――ピンポーン…

 インターホンを押すと、しばらくしてあの優しい声がスピーカーから漏れた。

[ ―――美羽ちゃんね?ちょっと待ってて]

 そしてすぐに立派なドアが開き、緑川夫人が顔を出した。

「いらっしゃい。」

 その優しい声と同様にとても穏やかな表情のキレイな女性だった。


「…本当にご迷惑お掛けしました…」

 広々とした玄関ホールに入る前に私は緑川夫人に頭を下げた。

「そんなに気にしなくていいのよ!艶子さんにはいつもお世話になってるんだから!さっ上がって!」

 私は玄関ホールに飾られた大きい観葉植物に目を見張った。そして通されたリビングにもたくさんの青々とした観葉植物が飾られていた。私はその立派な観葉植物に感動しながら……リビングの中央に置かれた革張りのソファに腰を下ろし、お茶を飲みながら寛いでいるママの姿を見て力が抜けた。

「…ママ…」

「あら!美羽ちゃん!お迎えに来てくれたのね!」

 そう言いながらママは嬉しそうに頬を赤めた。

「何よ!心配して来たのに…全然大丈夫みたいじゃない!」

「もう!そんな事言わないの!それより、すごいでしょ!なんだか森の中にいるみたいよね〜良い気持ち…」

 ママは大きく深呼吸して天井を仰いだ。私はやれやれとため息を吐いて、そのまま外に目をやった。そこにはこれまた立派なお庭が存在した。

「お庭も素敵でしょ!可愛いお花以外にハーブとかもたくさん植えられてるのよ!」

 ママは少し興奮気味に語り出した。

「…本当に具合悪いの?」

 そんな冷たい言葉を吐いた時、緑川夫人がどこからか戻ってきた。

「あら!美羽ちゃん!そんなとこに立ってないで早くお座りなさいな!」

 そう言いながら緑川夫人はテーブルの上に私の分のお茶を準備してくれた。

「本当にすいません!すぐに連れて帰りますから!」

「そんな事言わないで!艶子さんの調子もせっかく良くなってきたんだから少し寛いでいきなさいよ。…もしかして、これから何か用事あるの?」

「用事何かないですよ!彼氏と別れたばっかりなんだから!ね、美羽ちゃん!」

 ニコニコしながら言ったママを睨みながら、私は出されたお茶を一口飲んだ。

「…ん…うっまぁ〜い!…このお茶すごく美味しい!」

 私は思わず叫んだ。

「でしょ!でしょ!」

 ママが足をバタバタさせながら言った。ママは嬉しくなると子供のように足をバタバタさせる癖がある。

「お庭で摘んだハーブのお茶なのよ。とても身体にいいの。特に冷え症の女性には効果あるわよ」

「へぇ〜…」

 私は感心しながらそのお茶を飲み干した。

「ところで嘉子さん、来週の活動の事なんですけど…」

「もう、いいって!体調良くなってからまた参加してよ!今はゆっくり休んで!ね?艶子さん。」

 2人の会話を聞きながら、私は広々としたリビングを見渡していた。

 ひんやりとした空気が本当に心地よくて、少し眠くなってきた。

「ね!美羽ちゃん!あなた土日休みじゃない!土曜日の活動に参加してよ!」

 ママの元気な声に私はハッとした。

「ダメよ!艶子さん!美羽ちゃんだって忙しいでしょ!」

「忙しくないって!ねぇ?美羽ちゃん!ちょうどいいじゃない!もう暇になったんだから!」

 瞳をキラキラ輝かせながら言うママの顔を見ながら…私は肩の力が抜けるのを感じた。

「本当に暇なんでいいですよ。何をしたらいいんですか?」







 次の週の土曜日、私は嘉子さんに言われたとおり顔と身体に入念に日焼け止めクリームを塗り、長袖シャツを羽織り、首にタオルを巻き、つばの広い帽子を被って集合場所の森林公園へ出掛けた。

 朝の7時半。日差しは強かったけど風がとても気持ち良かった。

「美羽ちゃぁ〜ん!!」

 森林公園の中央にある噴水の横で嘉子さんとその仲間の人達が手を振った。

「おはようございます!」

「おはよう!準備万端ね!」

 私の完全防備の姿を見て、嘉子さんが微笑んだ。

「君が艶子ちゃんの娘さんかい?あんまし似てないね〜」

 1人のオヤジが残念そうに言った。

「美羽ちゃんはクール美人よね!」

 嘉子さんの言葉に、そこまで気を遣わなくてもいいのに…と思いながら苦笑した。



 それからすぐに、集まった10名のおじちゃんおばちゃん達と一緒に公園の清掃を始めた。この清掃活動は…思ってた以上にハードだった。

 不法に捨てられたゴミの量はかなりのモノで、すぐに袋いっぱいになった。

「あぁ!おねぇちゃん!その缶はこっちの袋だよ!」

 不法に捨てられたゴミを拾ってやってるのになお且つ分別までしちゃうなんて……このおじちゃんおばちゃん達をかなり尊敬した。

「美羽ちゃん!こっち来て!」

 嘉子さんは駆け寄った私に百合のような白い豪華な花を指差した。

「わぁ!なんか百合みたい!」

「そうそう、ヤマユリよ」

「え!?ユリって高価なお花なんですよね?こんなとこに普通に咲いてるんですか!?」

 驚いた表情で言う私に嘉子さんは微笑んだ。

「ここのお花も木もみんなで協力して育ててるから、だから毎年こんな立派な花を咲かせるのよ。ヤマユリわね、とてもいい香りがするの」

 私はヤマユリに顔を近付けてみた。甘いのに、なんだかとても爽やかな香りが私の顔の周りに流れた。

「本当だ…いい香り…」

「ね?なんだかホッとする香りでしょ?」

「あっはい!そう!ホッとしますね!」

 私の言葉に、嘉子さんはふふふっと笑った。


 その日の活動の後も嘉子さんの家でお茶をご馳走になった。

「このお茶も美味しい!」

「そのお茶もお庭で摘んだハーブなのよ。美肌効果があるの。今日みたいにたくさん紫外線浴びた日なんかに飲むといいのよ」

 嘉子さんの言葉に、私はそのお茶を3杯も飲んだ。

「本当に今日はありがとうね!あなたみたいな若い子が参加してくれて本当に嬉しいわ」

「いいえ、あんまりお役に立てずにすいませんでした」

「そんな事ないわよ!また暇な時があったらよろしくね!」

 嘉子さんの言葉に私は微笑みながら頷いた。






 それから私は本当に暇だったので、“グリーン・アース”の活動に参加するようになった。体力的にはかなりきつかったけど、それ以上にみんなで頑張ったという達成感みたいな雰囲気が楽しかった。

 

 それに…活動に参加している時だけ、健太の事を考えずにすんだ。



「―――美羽さぁ…ちょっと最近肌の調子かなり良くない?」

 会社の昼休みに、トイレで化粧直ししている時、結己が言った。

「私も前から思ってたんだ!何?何かやってるの?」

「…別に何も…」

 同じ女子社員の言葉に、つい嬉しくてニヤニヤしながら私は答えた。

「何よ!その顔!何やってるのよ!教えなさいよ!」

 結己の気迫に圧倒され、私はボランティア活動の話と嘉子さんの特製美肌ドリンクの話をした。

「ボランティアはいいけど…その特製美肌ドリンク飲みたぁ〜い!」

「何贅沢言ってんのよ!たくさん汗かいて、自然の中でストレス発散して飲むから効果があるのよ!」

 私は本気でムッとして言った。

「…ねぇ、今度私も一緒に行ってもいい?」

 ボランティア活動なんて全く興味が無く、汗をかくなんて大嫌いなはずの結己が珍しく頼んできた。

「うん…別にいいけど…」

 私は少し驚いたけど、次の活動の日に結己を連れて行く事にした。











「―――暑い…きつい…だるい…」

 清掃活動が始まってから1時間もしないうちに結己が根を上げ始めた。

 今回の清掃場所は○○山の山道と頂上付近だった。要するに登山をしながらの清掃活動だった。何回も活動に参加していた私でも結構きつかった。

「大丈夫?もうすぐ休憩地点だから頑張ろうよ!」

 結己は口を尖らせたまま、私の後に付いた。

 ママは…驚くほど慣れた足取りで、おじちゃんやおばちゃん達と先頭を行っていた。


「はぁ〜い!みなさん!お疲れ様!頂上まであと少しですからね!もうひと踏ん張りですよ!」

「はぁ〜い!!」

 嘉子さんの言葉に、参加した人間全員が元気に返事をした。

「結己ちゃん!大丈夫?」

「…はい、もう大丈夫です。心配掛けちゃってすいません…」

 さっきより顔色が良くなってきた結己は申し訳なさそうに笑っていた。

「大分身体も慣れてきたみたいね!頂上に着いたらすぐお昼にしましょうね!」

「はい!!」

 私と結己は猛烈に力が湧いてきた。


 それからみんなでゴミ拾いをしながら頂上を目指した。

「ねぇ…美羽…」

「うん?」

「…少しは落ち着いた?」

 結己の言葉に私はしばらく黙っていた。

 そうか…結己は私の事心配してくれてたんだ…だからボランティア活動に参加するって言い出したんだ。

「…完全じゃないけど…大分落ち着いたよ」

 私の言葉に、結己は何か言いかけてやめた。

 結己が何を言おうとしたのか、なんとなく分かっていた。

 そう、私は今初めて結己に本心を話したのだ。



 山頂に近付くにつれ、なんだかイイ匂いが漂ってきた。ちょうど山頂の入口付近で、嘉子さんの旦那さんが笑いながら立っていた。

「やぁ!みなさん!お疲れ様!お腹空いたでしょう!お昼はバーベキューですよ!!」

「バーベキュー!!」

 参加者みんなの足が一気に力強くなった。おじちゃんもおばちゃんもママも私も結己も…みんな一心不乱にバーベキュー目指して山頂まで駆け上がった。


「うっめぇ―!!」

 結己が叫んだ。その声にみんながドッと笑った。

「こんなにお肉食べたの何年ぶり!?」

「ちょっと美羽!その言い方やめなさい!家で何も食べてないみたいじゃない!」

 ママが焼きカボチャをほくほくと頬張りながら怒った。

「いやぁ〜みなさん、今日は本当にお疲れ様でした。見て下さい!こんなに見違えるようにキレイになりました!今回のこのお昼は自治会の方から皆様の日頃の頑張りのお礼として準備してもらいました。みなさん、お腹いっぱい食べて、またキレイに後片付けして帰りましょうね!」

「はぁ〜い!!」




 本当にお腹いっぱい食べた後、嘉子さんにこの山の絶景スポットまで連れて行ってもらった。

「ほら!ここよ!いい眺めでしょ!!」

「うわぁ!!」

 私と結己とママは感嘆の声を上げた。

 真っ青な夏の青空に真っ白なモクモクとした入道雲。その下には空と雲がくっきりと映った田んぼがキレイにどこまでも並んで続いていた。

「あぁ!空気が美味しい!!」

 私達は大きく深呼吸をした。澄んだ空気が身体中に満ち溢れ、身体の中にある嫌なモノが一気に出てきそうだった。

「少しは給料上げろ―――!!!」

 結己がいきなり叫んだ。

「結己ちゃんったら!」

 ママと嘉子さんが大笑いした。


 私は心臓がドキドキしていた。


『お前は、俺なんかいなくても大丈夫だよ』



「…勝手な事言ってんじゃねぇよ…」

「え?」

 結己達が私を見た。

 私は大きく息を吸い込んだ。

「私の6年間返せ―――――!!!」

 結己達が驚いた表情で私を見ていた。でももうそんな事どうでもよかった。

「勝手な事言ってんじゃねぇぞぉぉぉぉ―――!!!」


 好きな人が出来たんなら、そう言えばいいじゃんか!


「健太のばぁかぁやぁろぉぉぉぉ――――!!!」

「家の可愛い娘を振るなんてぇ!!何様だぁぁ――――!!!」

 ママ!!

「お前なんかぁ!!馬に蹴られて死んじまえぇぇぇ―――――!!!」

 結己!!

「健太のアホぉぉぉ――――!!!」

 嘉子さん!?


 それから4人で思いっきり叫び続けた。泣きながら叫び続けた。


 泣くって…こんなに気持ち良かったっけ?


 私はそんな事を実感しながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。ママも結己も嘉子さんも一緒に泣いてくれた。


 そして4人で笑った。お腹がよじれる位笑い続けた。


 本当に、本当にスッキリ爽快な気分だった。









 その日以来、私はママほどじゃないけどなんとか泣けるようになった。

 

 泣くって不思議だ。

 思いっきり泣けたら、ちゃんと笑えるようになるんだよ。










 今日も快晴。花々が咲き誇る森林公園の清掃日。

 私は少し早めに公園へ行き、花壇の前に立った。紫色の小さな花が緑色の草木の間からチラチラと咲いていた。

 この花可愛い…何て言う花だろう?

「―――その花の名前、知っていますか?」

 男性の声に私は驚いて振り向いた。

 そこには黄色いポロシャツの上に白のパーカーを羽織り、ブルージーンズを穿いた若い男性が立っていた。


 かっ…


「あ…ごめん!驚かすつもりはなかったんだ」


 かっこいい!!!



「あら!美羽ちゃん!もう来てたのね!」

 嘉子さんが穏やかに微笑みながら駆け寄ってきた。

「あらやだ!紹介する前に声掛けちゃったの?美羽ちゃん、この子私の息子の竜輝。先週仕事で行ってたアメリカから帰国したのよ。竜輝、この子が美羽ちゃん。いつも活動に参加してくれてるの」

 その竜輝という人は私を見て微笑んだ。

「はじめまして、美羽ちゃん」

 そのキラキラした笑顔に、私はとろけてしまいそうだった。












<4>キキョウ  ★END★



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