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<2>立派な大人になるために

僕達の地球(ほし)


<2> 立派な大人になるために




「―――ねぇ!今日の夜さ、淳哉達と遊ぶんだけど沙織達も来ない?」

 え!?今日の夜!?明日から全国模試じゃない!!

「いいね!行く行く!…で、どこ行くの?」

 ヤダヤダ!お願いだから私は誘わないでよ!

「○○で待ち合わせしてて〜マック行って〜…」

「私さ〜バイトあるから終わったら行くわ」

「OK〜…ねぇ!友里!」

 そんなぁ〜…

「友里?どした?」

 真理ちゃんはきょとんとした顔で聞いてきた。私はガックリ感を悟られないように作り笑いをした。

「ううん!何でもないよ」

「じゃぁさ!学校終わったらそのまま友里ん家行ってもいい?また服貸してよ!」

 またぁ!?この間借りてったワンピも返してないくせに!!

「…うん…」

 まただ…。また私はこうやって真理ちゃんに振り回されるんだ。

「なぁに?友里、元気なくない?」

 沙織ちゃんの言葉に私はギョッとした。

「…もしかしてさ…行きたくないの?」

 さっきまでクルクル笑っていた真理ちゃんの顔が一気に冷たくなった。

「いっ…いや…そうじゃないんだけど…」

「何よ。ハッキリ言いなよ」

 真理ちゃんの口調がだんだんきつくなってきた。

「真理、ちょっと怖いって!ねぇ、友里!」

 沙織ちゃんはカラカラ笑いながら…カバンからミラーを取り出して、くっきりウェーブのかかった茶色い髪をいじりながら言った。

「…あ…明日から…テストだからさ…私全然勉強してないの…」

 私は勇気を振り絞って言った。そして、恐る恐る真理ちゃんの顔を見た。

「ぷ―――!!」

 真理ちゃんはいきなり吹き出した。

「ヤダ友里!何真面目腐ってんの!超ウケる!」

 ゲラゲラとお腹を叩きながら、そして私の肩を叩きながら笑う真理ちゃんの笑い方が私は好きではなかった。でも、もちろんそんな事本人に言えるワケも無く…私は苦笑いしていた。

「今さら勉強したって手遅れじゃん!諦めなって!ね!沙織!」

 沙織ちゃんもゲラゲラ笑い出した。


 私は小さい頃から引っ込み思案で、目立たない女の子だった。私はそんな自分自身が嫌いだった。だから何か大きく生まれ変わりたくて…今通っている高校に合格出来たら何か良い風に変われるんじゃないかって…思って、必死に勉強して合格を勝ち取った。

 最初はすべてが新鮮で、キラキラ輝いて見えた。彼氏とかも本気でほしいと考えていた。

 そんな時、真理ちゃんに声を掛けられた。

 パッチリした可愛らしい瞳をパチパチさせながら、彼女は優しい笑顔で私の席の前の席に座っていた。

「へぇ〜名前、友里って言うんだ!私、真理って言うの!よろしくね!」

 こうして、真理ちゃんは私の高校生活最初の友達になった。


 それから…何をするにも一緒だった。

 朝、『おはよう』から始まって家に帰るまで、私は真理ちゃん達とたくさんの事を喋り続けた(ほとんど聞き側だったけど)。前の日のテレビ番組の事とか、雑誌の事とか、私以外のみんなの彼氏の事とか…杉原さんの悪口とか……

 お昼もみんなで一緒に食べて、一緒にトイレに行って、休みの日も一緒に遊んで……

 同じデザインのカバンを買って、お揃いの携帯ストラップを付けて、学校帰りに遊ぶ時は私の洋服を貸してあげて……


 最初っから無理だったんだ。

 あんな派手な真理ちゃん達と一緒にいても、何にも楽しくなかったんだ。早く離れるべきだったんだ。


 でも…もう手遅れ…。




「―――諸岡〜…お前本当に○○大、行く気あるのか?」

 担任が半分呆れ顔で言った。それは仕方無い事だった。

 私の成績はかなりひどく、何度も両親からお説教されていた。

「…すいません…」

 私は返す言葉も無く、呟くように言った。

 担任は小さくため息を吐いて、机の上のファイルを閉じた。

「諸岡、お前本当にこのままでいいのか?」

「え?…」

 思いもしなかった担任の言葉に、私は驚いた。

 今日の担任の服装は妙だった。白のスーツに黄色の靴下…

「高校生活もあと1年半で終わりだぞ。このまま他人に流されていて…大事な時期を棒に振っていいのか?」

 私は驚きのあまり、言葉を詰まらせた。この妙な恰好の担任が、何を言いたいのか分からなかった。

「まぁ、それはお前自身の問題だからな。俺はどうしてやる事も出来ないけどな……」そう言うと担任はまたため息を吐いた。「とにかく、この成績じゃどこの大学にも行けないぞ」



 半分呆然としながら、私は教室を後にした。そしてそのまま図書室へ向かった。

「杉原さん!次いいよ」

 図書室で勉強していた様子の杉原さんは私の言葉を聞いて、教科書とノートをカバンに入れた。

「ありがとう…」

 そう言って妙な恰好の担任の待つ教室へ行こうとする杉原さんを、私は目で追っていた。

「…杉原さんは…」

「え?」

 杉原さんは私の言葉に振り向いた。黒縁メガネから真っ直ぐに私を見つめ返してきた。

「…あっと…杉原さんは大学行くんだよね?やっぱり…」

 杉原さんは少しだけ首を傾げた。

「すっ杉原さんは頭良いもんね!絶対大学行くに決まってるか!」

 あはははと、私はぎこちなく笑いながら言った。

「うん、大学行くためにこの高校に入ったんだもん。諸岡さんはそうじゃないの?」

 杉原さんのメガネ越しの真っ直ぐな視線は、なぜかチクチク痛かった。


<諸岡さんはそうじゃないの?>


 私は……どうだったかな?

 何で私は今ここにいるんだろう?





「杉原〜頼むって!宿題写させてよ!!」

 1限目の数学の前に、真理ちゃん達がいつものように杉原さんをからかっていた。私はその光景を見て見ぬふりしていた。

 杉原さんは黙ったまま図書室の本を読んでいた。

「杉原って!!」

 真理ちゃんは杉原さんが読んでいた本を取り上げて、窓から廊下に投げた。

「無視すんなよ!杉原!」

 ゲラゲラ笑い出した真理ちゃん達を横目に、杉原さんは本を拾いに廊下に出た。真理ちゃん達は杉原さんのカバンとか机の中の教科書とかを全部窓から廊下に投げた。

 教室にいた生徒全員がクスクス笑い出した。

 杉原さんは口をぎゅっと閉じたまま、廊下に散らばった教科書とかを拾っていた。


 杉原さんは入学当初から真理ちゃん達のいじめの標的にされていた。いじめの内容は結構ひどくて……いつも1人でいる杉原さんを見て、私は何で杉原さんが休まずに学校に来ているのか不思議で仕方無かった。

 私だったら、絶対耐えられない。







「友里〜!彼氏ほしくない?」

 学校帰りに誘われて入ったマックのコーラを飲みながら真理ちゃんが言った。あまりに突然だったので、私は驚いてコーラを吹き出してしまった。

「やっだ〜汚いなぁ!」

「ごめん、ごめん…だっていきなりなんだもん」

 私はテーブルの上にこぼれたコーラを紙ナプキンで拭きながら言った。

「淳哉の友達、紹介してあげようか?」

「いっいいよ!今はいい!!」

 私はサーと血の気が引いた。去年の夏の事を思い出した。

 1年の夏休みに真理ちゃん達と海に遊びに行って、そこに真理ちゃんの彼氏、淳哉君も何人かの友達を連れて来た。

 その友達も最悪だった。

 いきなりホテルに誘われて、私は怖くて怖くて泣き出してしまったのだ。

「どうして?…あぁ、大丈夫だって!今度の子は友里の事襲ったりしないから!ね?また夏休みに一緒に海行こうよ!」

「…本当に彼氏はいらないのっ…私の事は気にしないでいいよ!」

 私は必死に言った。その必死さが真理ちゃんのカンに障った。

「…なんか、友里最近冷たくない?」

 そう言いながら、真理ちゃんは冷たい視線で私を見た。

「そっそんな事ないよ!やだなぁ!!」

 私は慌てた。背中とか腋から汗が噴き出した。

「ならいいけどさ…」

 そう言いながら、真理ちゃんは携帯をいじり始めた。その間、私はいやな汗をかきながら味のしないハンバーガーを口へと運んだ。 




 もう限界にきていた。

 真理ちゃん達といると息が詰まりそうになっていた。胃もキリキリと痛んだ。学校になんか行きたくない。行きたくない。そんな事ばかり考えるようになっていた。

 そして私はついに倒れた。

 体育の授業中に脱水症状を起こしてぶっ倒れた。

「大丈夫!?友里ぃ〜!!」

 真理ちゃんの甘ったるい声が保健室に響いた。

「ほら!あなた達!!早く教室に戻りなさい!!もうすぐ授業始まるわよ!」

「先生!お願い!ここにいさせて!友里のそばにいたいの!」

 私は内心ぞっとした。真理ちゃんがそばにいたら余計具合悪くなる!!

「何言ってるの!早く行きなさい!!」

 保健室の先生の言葉に真理ちゃんは口を尖らせた。

「先生のケチ!じゃあね、友里!また来るね!」

 真理ちゃん達が保健室から出ていくと、室内は嵐が去ったようにシンと静まり返った。

「落ち着いたらお家に帰る?」

「…はい…」

「そう、そしたらお家に連絡しとくわね。お母さんいらっしゃるわよね?」

「はい…たぶん…」

「分かったわ。」

 先生は笑いながら保健室から出て行った。

 私はしばらくの間、ベッドに仰向けに寝たまま天井を見ていた。

「失礼します…」

 カラカラとドアの開く音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私はゆっくり起き上がり、カーテンの隙間から覗いた。入口には杉原さんが立っていた。

「杉原さん?どうしたの?」

「諸岡さん、もう起きて大丈夫?」

 杉原さんはそう言うと心配そうに私に寄って来た。杉原さんは左手をハンカチで押えていた。ピンク色のハンカチには血が滲んでいた。

「怪我したの!?結構血出てるよ!」

「うん、大丈夫。ちょっとかすっただけ。それより諸岡さんはもう平気?」

「うん…もうちょっとしたら家に帰るの」

「そう…」

 杉原さんはベッドの近くにあった丸椅子にちょこんと腰を下ろした。

「先生、すぐ戻って来るよね?」

「うん、それまでここで待ってたらいいよ」

 杉原さんは微かに微笑みながら左手を抱えていた。

 ピンク色のハンカチに滲んだ血がとても痛々しかった。

「…それ…真理ちゃんにやられたの?」

 私の言葉に、杉原さんはゆっくり私の方を見た。あのメガネ越しの真っ直ぐな眼差しで。そしてゆっくり私から視線を逸らした。

「…杉原さんって…どうしてそんなに強いの?」

 そう言ってすぐに私はハッとした。こんなに、何の躊躇いもなく思っている事を口にした事に私自身かなり驚いた。そして杉原さんも驚いた表情をしていた。

「ごっごめん…何か意味分かんないよね?」

 私は思わず笑い出した。

 そして、杉原さんもくすくすと笑い出した。

「私も疑問に思っていたの。何で諸岡さんはあんなに我慢してるんだろうって…」

「え?」

「いつも我慢してるじゃない?あの人達といるの」

 私は胸がドキドキしていた。

「私だったらあんな人達といるより1人でいる方がいいもん」

 杉原さんはそう言うと穏やかに微笑んだ。

「…私は…杉原さんみたいな目に遭ったら絶対学校に行けなくなるの…だから…」

 だから、我慢するしかない。そう自分自身に言い聞かせていた。

 私はそう言いながら、考えながら思わず泣き出しそうになった。だから慌てて顔を上に上げた。

「諸岡さんも結構強いよ」

「え?私が!?」

 私は驚いて杉原さんを見た。

「うん、ある意味強い」

「…ある意味ね…」私は苦笑した。「…どうやったら杉原さんみたいに強くなれるかなぁ〜?」

「私、そんなに強くないよ?」

「えぇ!!すっごく強いよ!たくましい!!」

「たくましい!?…なんかその言葉は嬉しくないな…」

「あっいや…私、結構憧れてたんだよ!」

「私の事を?」

「うん!!」

 杉原さんは複雑な表情をした。

「本当はね、私学校に行きたくないって親に泣き付いた事あったの。ほら、あの人達のする事って結構悪質なんだよね。だから我慢できなくてさ」

「…それで学校休んだの?」

「うん、1日だけ」

 私は目が点になった。

「1日だけ!?」

「うん、それ以上はダメだって母親から言われたの」

 杉原さんのお母さんって結構厳しい?

「家の親が言うにはね、私達の人生って70年も80年も続くじゃない!その内のたった3年足らずの出来事に翻弄されて挫折するのか!て。何のためにあんなに必死に勉強してこの高校に入ったんだ!良い大学出てお母さんみたいな弁護士になりたいんだろう!…って家の母親弁護士なの。ちなみに今シングルなのよ」

 私はあまりにスケールのデカイ話に圧倒されていた。

「確かにそうだなって考えたの。私はあんな馬鹿な人達の犠牲になりたくないって思ったのよ。だから我慢して学校行ってちゃんと勉強しようって決めたの」

 杉原さんはにこっと笑った。その笑顔は本当に可愛らしかった。


 しばらくして保健室の先生が戻ってきた。先生が杉原さんの手当をしている間、私は制服に着替えて帰る準備をした。

「先生、帰ります」

「あぁ、気を付けてね!」

「はい…じゃぁね、杉原さん!」

「うん!バイバイ!」


 校門を潜り、家まで真っ直ぐ無心で歩いた。ズンズンズンズン…足裏から伝わってくる振動を全身で感じながら、私はリズミカルに歩き続けた。

 家に帰ると母親が心配そうな表情で出迎えた。

「友里!大丈夫?今から病院行く?」

「ううん、いい!それよりお母さん!」

 私は力強く母親を見た。

「私、闘うわ!」

「…は?」

 キョトンとした顔の母親を横目に、私は勢いよく階段を駆け上がった。そして勢いよくベッドに倒れ込んだ。


 明日だ。明日から闘いが始まる。






「友里〜!!大丈夫?」

 朝、学校の下駄箱の所で真理ちゃんは私の事を待っていた。真理ちゃんの甘ったるい声が頭にジンジン響いた。

「うん、もう平気」

「良かった!すっごい心配してたんだよ!」

 真理ちゃんはカラカラ笑った。

 この笑顔がそろそろ豹変する。


 真理ちゃんと一緒に教室に入って、黒板を見て私はギョッとした。

 黒板には隅々まで杉原さんの悪口(ウザいとか死ねとか…)が色取り取りのチョークで書いてあって、中央には杉原さんのびりびりに裂かれた体操着がガムテープで貼られていた。

「そろそろ来るよ!」

 窓からグラウンドを眺めながら沙織ちゃん達が得意げにいった。

「超ウケる!ねぇ、友里!」

 私は大きく息を吸い込んだ。

 その時、教室に杉原さんが入ってきた。

「やっと来た〜杉原!」

 真理ちゃんはニヤニヤ笑いながら杉原さんを見つめていた。教室にいた生徒全員が杉原さんに注目した。

 杉原さんはゆっくり黒板を見た。そしてスタスタと黒板のトコまで行って体操着を黒板から剥がした。

 クスクスと真理ちゃん達が笑っていた。

 私はもう一度、大きく深呼吸した。そして私もスタスタと黒板のトコに行って杉原さんと肩を並べた。

「友里?」

 真理ちゃんの凍るような冷たい視線を背中に感じながら……私は黒板消しを手に取り、杉原さんと一緒に黒板に書かれた文字を消し始めた。

「…諸岡さん…いいよ…」

 杉原さんは少し慌てた様子で、小声で言った。

「いいの!消したいの!」

 私はそう言って小さく頷いた。そして杉原さんを見て微笑んだ。

 杉原さんも笑ってくれた。

「ありがとう」

 教室中が静まり返っていた。生徒達が一斉に自分達に注目していた。自分の心臓がドクドクと鳴っているのが分かった。

「―――友里〜…」

 真理ちゃんの刺々しい声が教室に響いた。

 私は意を決し、振り向いた。

 真理ちゃん達の鋭い視線が全身に突き刺さった。

「何の冗談?」


 教室中にせせら笑う声が広がっていた。


 笑いたいなら笑え。

 どんなひどい現実が立ちはだかろうとも、私は動じない。

 私はもう負けない。

 私は闘うのだ。


 私の人生を守るために


 立派な大人になるために











<2>立派な大人になるために ★END★




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