<1>3秒の法則
僕達の地球
<1> 3秒の法則
「ボクさ!昨日秘密組織のボスに会ったんだ!!」
そう言うと、きりん組の高史君は得意げに胸を張った。
「うっそだ〜!!だって秘密組織のボスに会えるのは世界で1人だけなんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒り出したのは同じきりん組の晃君。
「そうだよ!高史君の会ったボスは偽物だよ!だって…ボクも秘密組織のボスに会ったもん!ボクに地球を頼むって言ってたもん!」
また同じきりん組の悠君の言葉に、高史君と晃君は思いっきり驚いた。
「ボっ…ボクだって会った事あるんだぞ!ボクの会ったボスが本物だぞ!」
思わず晃君は大きな声で叫んでしまった。お母さんとの約束を破ってしまった晃君は、顔色を青くさせた。
「何言ってんだよ!晃みたいなちっちゃい子がボスに会えるワケないじゃん!」
高史君は晃君の小さい肩を両手で押した。晃君はよろよろとふらつき、そのまま尻もちをついた。
「…うわぁ〜ん!!!」
晃君は地面に座ったまま勢いよく泣き出した。
騒ぎに気付いた小林先生が慌てて園児に駆け寄った。
「何?何?どうしたの?あら!どうしたの?晃君!」
「晃がうそばっかり言うからいけないんだ!」
高史君の言葉に晃君はヒックヒックと泣きじゃくりながら反論した。
「っうっ…うそじゃっ…ないもん!…ヒっ…ボクっ…本当にボスに会ったもん!!…お母さんが誰にも言っちゃいけないって言ったから…ヒっ…言わなかったんだもん!」
「一体何の話してるの?」
小林先生は困った顔で3人の園児を見つめた。
「よ〜し!そしたら晃が会ったボスはどんな服着てたか言ってみろよ!」
高史君はぶすっとした表情で、小林先生にしがみついて泣いている晃君に言った。晃君は意を決したように小林先生から離れ、ゆっくり立ち上がった。そして涙と鼻水をスモックの袖でゴシゴシと拭いた。
晃君のつぶらな瞳がキラッと光り、高史君と悠君は一瞬息を呑んだ。
小林先生はポカンと口を開けたまま、その3人の光景を見つめた。
「白色の帽子を被ってて、白色の洋服を着てた」
晃君の言葉に、高史君と悠君は歓声を上げた。
「ボクもその人見たよ!靴も真っ白だったよな!」
悠君が興奮気味に言った。
「黄色い傘持ってたよな!ボスは黄色が好きだって言ってたんだよ!」
高史君も頬っぺたを真っ赤にさせて言った。
「それでね!ボク、仲間のしるしに黄色いハンカチをボスからもらったんだ!」
晃君は嬉しそうにそう言うと、半ズボンのポケットから黄色いハンカチを引っ張り出した。そしてその黄色いハンカチを高々と持ち上げた。
高史君と悠君は目を丸くさせた。そして自分達も慌ててポケットから黄色いハンカチを引っ張り出した。
3人はそれぞれの黄色いハンカチをしげしげと眺め、プルプルと震え出した。
「なんだ!!そしたらボク達3人仲間じゃん!」
悠君が弾けんばかりの笑顔で叫んだ。
「そうだよ!晃、ごめんな!」
高史君は恥ずかしそうに頭を掻きながら晃君に言った。
「ううん!いいよ!だってボク達仲間だもん!」
「は〜い!もうお外遊びはおしまいよ!みんな、お部屋に入ってね!」
「はぁ〜い!!」
先生の声に園児達は元気に返事をして、廊下の手洗い場で石鹸をブクブク泡立たせ、キレイに手を洗い、うがいをしてお部屋に戻った。
高史君と晃君と悠君は意気揚々とお部屋の隅に座り込んだ。高史君は先生からもらった色画用紙を広げ、画用紙の上の方に
<ボクたちのきまり>
と言う文字をクレヨンででかでかと書いた。
「いいか、晃!悠!この画用紙にボスの言葉を書くぞ!」
「うん!」晃君と悠君は元気に頷いた。
「1. 弱い者いじめをしない!」
高史君の言葉に晃君は顔をしかめた。
「高史君、ボスの言う事もう破ったの?」
晃君の言葉に高史君は顔を青くさせた。
「…だからすぐ謝ったじゃん!」
「そうか!なら大丈夫だね!」
晃君はほっとした表情をした。
「2. ご飯は絶対残さない!」
この言葉に今度は悠君が顔をしかめた。
「…ボク…昨日トマト残した…」
悠君の言葉に高史君と晃君は目を丸くした。
「ダメじゃん!悠!ボクはトマト食べれるぞ!」
「でも高史君ニンジン食べれないじゃんか!」
悠君の言葉に高史君は言葉を詰まらせた。
「きっ…昨日のカレーのニンジンはちゃんと食べたぞ!」
「カレーのニンジンならボクも食べれるよ!グリーンピースも食べれる!」
晃君は得意げに叫んだ。
3人はしばらくの間、ここ数日間の食べた物と食べれなかった物を言い合った。
「―――まぁ、とにかく!今日のお弁当からスタートだぞ!」
高史君の言葉に晃君と悠君は頷いた。
「3. ママとの約束は守る!」
「それなら大丈夫!ボク昨日ママから褒められたもん!」
悠君は嬉しそうに言った。
「あっボクも!ママから褒められたぞ!」
高史君も負けまいと言い返した。
晃君だけがうつむいたまま、黙っていた。
「?どうした?晃?」
「晃君?」
高史君と悠君の言葉に、晃君はみるみる泣きそうな顔になった。
「…ボク、さっき…お母さんとの約束破っちゃった…」
「えぇ!?本当か?」
晃君の言葉に高史君は叫んだ。
「だってぇ〜高史君がボクの事嘘つきだって言うから…だからお母さんがボスに会った事誰にも言っちゃいけないって言ったけど…喋っちゃったんだよ…」
晃君は瞳を潤ませながら言った。
高史君も悠君もとても困った顔をしたまま晃君を見つめた。
「…何で晃のママは言っちゃいけないって言ったんだ?」
高史君の言葉に晃君はきょとんとした。
「分かんない…」
3人はお昼の時間まで黙々と画用紙いっぱいに、思い出す限りの“ボスの言葉”を書いた。
「よし!そしたら今からこのきまりをボク達がみんなに教えるんだ!」
「お―!!」
3人はきりん組全員に<ボクたちのきまり>を教え回った。きりん組の子供達は真剣に高史君達のお話を聞いた。
「―――それ守ったら地球は救われるの?」
きりん組のアイドル、絵里奈ちゃんは大きな瞳をパチパチさせながら言った。
「そうさ!そしたらボスからご褒美がもらえるんだぞ!」
晃君が頬っぺたを紅潮させながら言った。
「ご褒美って何?」
絵里奈ちゃんの問いに3人は言葉を詰まらせた。
「……何って…それは絵里奈ちゃんが1番ほしい物さ!」
高史君はあせあせしながら答えた。
「絵里奈が1番ほしい物って…そのボスは知ってんの?」
「…ボスが絵里奈ちゃんのママに聞きに行くんだよ…たぶん…」
3人は絵里奈ちゃんにボスの話をした事を少し後悔した。
そんなこんなで、きりん組全員の園児に教え終えた3人はほっと安心した。安心したらとてもお腹が空いてきた。
「はぁ〜い!お弁当の時間ですよ!みんな、お手てをキレイに洗ってお弁当の準備をして下さい!」
「はぁ〜い!!」
園児達は競い合うように手を洗い、スモックの上から前掛けをして、お母さんに作ってもらったお弁当を持って席に着いた。
「みんな!今日はちゃ〜んとお利口さんに出来ましたね!それでは、いつも働いているお父さんに有難う!」
「お父さん、ありがとう!」
「いつも美味しいご飯を作ってくれるお母さんに有難う!」
「お母さん、ありがとう!」
「合掌!…いたぁ〜だきます!!」
「いたぁ〜だきます!!」
園児達は一斉にお弁当箱を開いた。
タコさんウィンナーやピカチュウの顔をしたハム、サッカーボールの形をしたおにぎりなどなど…1週間に1回の“お弁当の日”のお弁当は、園児達の母親の血と汗と涙の結晶でもあった。
「すっげぇ!晃のご飯、悟空の顔だ!!」
今日の“主役”は晃君だった。晃君は得意げに胸を張った。
「ボクのは電車のハムだぞ!」
「あたしはキティちゃんの!」
園児達はお弁当箱を興奮気味に見せ合った。
「見てみろ!カニさんウィンナー…」
悠君も負けじとカニの形をしたウィンナーをお箸でつまんで高々と持ち上げた――――その時、カニさんウィンナーがお箸からこぼれ、床に落ちてしまった。
園児達は一瞬、無残にも床に落ちてしまったカニさんウィンナーを見入った。
「…たっ…大変だ!!悠君のカニさんウィンナー落ちちゃった!」
園児達は一斉に騒ぎ出した。悠君は瞳に涙をため、泣き出そうとした時、
「悠!早く拾え!」
高史君が叫んだ。園児達は一斉に高史君に注目した。悠君もびっくりした表情のまま高史君を見た。
「3秒の法則だ!!ばぁちゃんが言ってたもん!3秒のうちに拾って洗えば食べれるって!だから悠!早く拾って洗うんだ!」
高史君の言葉に悠君は慌ててカニさんウィンナーを拾った。そして手洗い場で丁寧に洗った。
「ほっ…本当に食べれるの?ママはいつも落ちたのは汚いから食べちゃダメだって言うよ」
悠君は不安げに高史君を見つめた。
「大丈夫だって!ボクいつもそうやって食べてるもん!それにボスとの約束忘れたのか!?」
悠君はハッとした。
「そうか!食べ物は捨てちゃダメなんだ!」
悠君は慌ててそのカニさんウィンナーを口に放り込んだ。
モグモグ…ごっくん。
「どうだ?おいしいだろ?」
高史君は悠君に言った。園児達はそんな2人の様子を黙って見ていた。
「うん!おいしい!!」
高史君も晃君も、そして園児達もほっと胸を撫で下ろした。
その日の出来事がきっかけで、園児達の間で<3秒の法則>が流行ってしまった。園児達は床にボロボロ落とした食べ物を水道水でサッと洗って食べるようになった。そして園児達はそれを家でもするようになり……ちょっとした問題なってしまった。
基本的に、この<3秒の法則>を許せない母親達は先生に抗議し、先生達はとても困ってしまった。先生達はどうする事も出来なくて、園長先生に助けを求めた。
園長先生は静かに頷きながら若い先生達の話を聞いた。
「分かりました。私から子供達にお話ししましょう」
その日のお昼前に、園長先生は園児達全員をお外に集めた。
「―――はぁ〜い!みんな、今日はお昼ご飯を食べる前に先生からお話があります。静かに聞いて下さいね!」
「はぁ〜い!」
園児達は元気に返事した。
「最近みんなの間で<3秒の法則>と言うきまりが出来ているみたいだけど、それってどういうきまりなのかな?」
「はい!」
園長先生の言葉に高史君が元気に手を挙げた。
「食べ物を粗末にしちゃいけないって、ボスが教えてくれたんだよ!」
「?ボスって?」
高史君は一生懸命、園長先生に白いスーツ姿の黄色い傘を持ったボスの話をした。あんまり力んで喋るから、高史君のこめかみから汗が流れ落ちた。
「―――そうなの…だからみんな最近ご飯を残さず食べているのね」
園長先生は優しく微笑みながら言った。園児達はみんな誇らしげな表情をした。
「みんなが食べ物を残さず食べてくれているのはとっても偉いわ!でもね、床に落としてすぐに洗ってもばい菌が落ちてなかったらどうなると思う?」
ザワザワと園児達が騒いだ。
「お腹が痛くなっちゃうよ。そしたら病院に行かないといけない。みんなのパパやママがとっても悲しむわ」
ますます園児達が騒ぎ出した。
「じゃあ、どうすればいいの?」
晃君の質問に園長先生は優しく穏やかに答えた。
「1番良いのはご飯をこぼさずに食べる事。ゆっくりよく噛んで食べるのよ。そしたら洗わなくていいし、お腹も痛くならないわ。みんなのママも喜ぶわよ」
園児達は納得した様子で黙って園長先生の話を聞いていた。
「さぁ!みんな!お腹空いたでしょ?今日からお行儀よくこぼさずに食べましょうね!」
「はぁ〜い!!」
園児達は瞳を輝かせながら、元気に返事した。そしていつものように手洗い場でキレイに手を洗い、スモックの上から前掛けをして席に着いた。
今日のお昼ご飯は、みんなの大好物のカレーライス!
「それでは、いつも働いているお父さんに有難う!」
「お父さんありがとう!」
「いつも美味しいご飯を作ってくれるお母さんに有難う!」
「お母さんありがとう!」
「合掌!…いたぁだきます!」
「いたぁだきます!」
園児達は一斉にカレーライスを頬張った。でも園長先生の言う通りに、ゆっくりよく噛んで食べた。
この時の園児達はまだ知らない。
自分達がこうやって地球を守る大人に成長していっている事を。
そして、先生達が『白いスーツ姿の不審者がいる』と警察に通報した事を―――
<1>3秒の法則 ★END★