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先生が退屈な人でよかった  作者: じんたね
65/70

10・9 拗者

「もっと早くに気づくべきだったんだ」


 苫田高校の屋上。

 国立先生はさっきから私を見つめている。


「どうして月島はあっさりと屋上にたどり着くことができたのか。それは誰の目にも留まらない存在だったからだ」

「先生の話なんて聞きたくありません。黙ってください」

「頭のいい月島のことだ。さぞ同級生は幼く、対等な存在には見えないのだろう。対等でない人間に、自分の苦しみを打ち明けようなんて思わない」

「勝手な推測は止めてください」


 ぎぃ、と奥歯に力が入る。

 私は眉間みけんを寄せて睨みつけた。


「お父さんが帰ってくるという望みのために努力してきたのに、それが報われない。それでも諦めがつかないから、努力というルーティーンに飼い殺しにされる。これがどれほど退屈で苦痛に満ちているのか。想像するだけでも拷問のようだ」

「黙ってよ」


 私は先生の手首をとると、あらん限りの力を込めた。

 みるみる指先が柔らかい手首に食い込んでいくが、先生は表情を崩さない。


「退屈なアリを馬鹿にしたって孤独なキリギリスは癒されない。だから別のキリギリスが必要だったんだ。同じように退屈していて、それでいて見下さなくてすむような。それが教師である私だった」

「だから黙ってって言ってるんです!」


 握った手首を引き寄せながら、もう片方の手で、先生の頬を全力でぶった。

 ぱん、と渇いた音が、風に吹かれて消えていく。


「ショッピングモールに出かけたのも――」

「黙れっ!」


 私はもう一度打とうと手を振りあげたが、先生は抵抗する素振りすら見せなかった。

 ぱん、と掌を浴びせる。


「退屈な仲間のいるアリがうらやましかった。それで真似したくなった」


 2度も打たれた頬を風に任せて、先生はただ私を見ている。

 その態度が、さらに感情を逆なでしてきた。

 今度こそしゃべれないようにしてやる。握りこぶしを振りかざすと、すぐさま先生は手首を押さえてきた。


「さっきから好き勝手なことばっかり言って!」


 お互いに手首を握り合う状態になり身動きがとれない。

 唯一、残っていた口で抵抗する。


「私のこと一方的に決めつけて、哀れな女子高生を救ってあげる主人公気どり!? そういうのはおじさん向きの小説でも読んでなよ、べらべらと自分に酔って馬鹿じゃないの!?」

「なら言い返したらどうだ。どこが間違っていたのか」

「…………とにかく離してよっ!」


 私は反論するのではなく拘束を剥がそうと身動ぎした。


「私に復讐ふくしゅうしたいんでしょ!? こんなことしてないで味方作りすればいいじゃない!!」

「言われるまでもない。さっきから私は月島の理解を得ようとしている」

「はあ!? 馬鹿じゃないの!?」


 こんな腹の立つことされて、どうやって先生を理解できるわけ。意味が分からないし。


「千早先生と話をしてみて分かったんだ。退屈からは逃げられない」

 私は先生から逃れようと必死に抵抗し続ける。


 何なの、さっっきから。

 もういいじゃない。私のことは放っておいてよ。


「けれど、その苦しみを分かち合える誰かがいるだけで全然違う。誰でもいい、話を聞いてくれるだけでいいんだ。たとえ退屈の苦しみが理解されなくても、それを口にできるだけの関係でも」


 けれど、思いっきり握る状態は長く続かない。

 次第に疲れてきた私は、ついに先生の手首を放した。それに気づいた先生も私の手首を放す。


「少なくとも私は知っている。月島がどれだけ苦しんできたのか。苦しいのは月島独りじゃない。私ならまだ理解できる」


 駄目。

 心を許したら先生に傷つけられる。

 こうやって油断させて、いざとなったら私を裏切って、苦しむ様子を見たいだけ。だから受け入れちゃいけない。優しい言葉にそそのかされてはいけないの。


「私にとっても月島が必要なんだ。退屈を心から知っている月島が。学校にいてくれるだけでいいんだ」


 駄目、駄目、駄目。

 信じちゃ駄目。ここで信じたら、お父さんみたいになっちゃう。また裏切られちゃう。

 今度はもっと辛くなる。


「学校を辞めたところで、また退屈に襲われる。頭痛を解消するために首を切り落としては意味がない。ここで向き合って、共有して、踏ん張ることが重要なんだ」


 止めてよ先生。

 もうそういうことは考えないようにしたんだから。


「そうすれば退屈しない方法が見つかるかもしれない。千早先生みたいに希望を持てるんだ。分かるか? 私たちは夢を見ていい。この繰り返しが終わるかもしれないって」


 お願い、私を助けようとしないで。

 もう構わないで、お願いだから、本当にお願いだから……。


「月島――」

「失礼します」


 私は、先生に背を向けて出口へと走った。「待ってくれ」と伸ばした手がシャツの袖をかすめる。

 そしてそのまま、出口の扉に手を当てて、ぎぃと錆びた蝶番を鳴らした。

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