10・1 アリとキリギリス
いつもの朝。
仕事から帰ってきたばかりのお母さんを起こさないよう、静かに家を出る。何も変わらない、いつもの儀式。
いつもの通学路。
苫田井高校に向かって生徒が集まってくる。その流れは次第に大きくなり、黒い絨毯になった。
いつもの学校。
踏みならされた地面は、学校の正門を跨いで、奥の下駄箱まで一直線に伸びている。私もそのなかに混ざり込む。
国立先生が学校に戻ってきてから1週間が経とうとしていた。
本当にあっという間だった。2組の担任に復帰し、男子バレー部の顧問に戻り、学校中の生徒や先生に受け入れられるまで。PTAや教育委員会の一部にまで広がっていた不祥事は、まるで問題にならなくなっていた。ここでは誰もが国立先生を信頼している。
先生をずっと陰で支持していた人がいたからかもしれないし、不祥事の真実なんてどっちでもいいという人が大多数だったからかもしれない。どっちにしたって、いつもの苫田高校の風景がそこにあった。
ただし一部を除いて。
いつものように登校していると、刺さるような視線が投げつけられる。誰も、何も、言わない。実力行使もない。だから言いたいことが痛いほど分かる。
――あれが月島霧子だ――
――国立先生を嵌めようと嘘をついて失敗した女だよね――
――裏でどんな酷いことしてるか分かったもんじゃない――
――ちょっときれいだからって生意気――
私の平和という名のルーティーンは、先生の手によって見事に砕かれた。いつも同じという拷問から解放されるや否や、ゴシップの標的という拷問が始まっっていた。
もちろん先生が辞めたときだって似たようなものだったけれど、あのときは被害者だったから、ここまで露骨な扱いはされていない。もう今では立派な加害者になっている。
でも、これくらい何ともない。
退屈な毎日に比べたらましだから。
先生に恨まれることに比べたら、痛くも痒くもないから。
もう先生と一緒にいられないって諦めることに比べたら、これくらい。




