9・8 決闘から集団戦へ
――先生は仕返しするつもりだ。
放課後を迎えた学校で、私は下駄箱に向かいながら考えていた。
あのときの笑い。仕返しにきたって言いたいんだ。
すでにもう先生は2組に受け入れられている。このままだと、多分、他のクラスや先生も味方になる。そうなれば私の味方はいなくなる。そうなったら「月島に嵌められた」と先生から一言あるだけで、私は学校を辞めないといけなくなる。そして法律に訴えるのは、私を学校から追い出してから。たっぷりやり返そうって考えなんだ。
どうしよう。
居場所がなくなるのはいい。そのほうが退屈しないくらい。
でも先生とは一緒にいられなくなっちゃう。先生に嫌われたまま、もう会いに行けない。何とかしなきゃ、でもどうすれば……。
下駄箱に到着した私が、上履きとスニーカーを交換しながら悩んでいると「月ちゃん」と私を呼び止める声がした。
「今日も来ないの、吹奏楽部」
「……用事あるから」
門田さんを横目にしながら、スニーカーのつま先で、トントンと地面をノックする。
「今日も行くつもりなん、国立せんせのとこ」
その一言で頭を占領していた悩みがかき消えた。
どうして門田さんがそのことを知っているの。誰にも言ったことないのに。門田さんは「やっぱりなんじゃね」と私の動揺を見透かしたかのように続ける。
「前からそんな気がしとったんよ。月ちゃん、せんせが学校からおらんようになって、ほんま毎日楽しそうにしとって、おかしい思うとったが。吹奏楽部にも来んし。せんせのこと好きじゃったし、そうなんかなって」
「……それは」
「月ちゃんが胸触られたってんも、本当は嘘なんよね」
「……嘘じゃない」
「そんなら、どうして楽しそうだったん? 普通、そんなことされたらショックじゃが」
門田さんは追及を止めない。私に少しずつ近づいてくる。
おどおどした態度はすっかりなくなっていた。今日はあれもこれも全部おかしい。
「あんね、月ちゃんを責めとるわけじゃないんよ。せんせや花本先生に嘘ついたんは、うちも一緒じゃがん」
気づいたら門田さんは目の前にいた。地面なのに上履きのまま突っ立っている。
「うちはね、国立せんせが学校に戻ってきてくれて嬉しかったんよ。また月ちゃんと一緒にせんせをからこうてみたいんよ。じゃから、もう」
もう門田さんは門田さんじゃなくなっていた。
分かった。だったら私にも考えがあるから。私は軽く息を吸って、門田さんの顔を睨みつけた。
「なら私にどうして欲しいの?」
「せんせらに謝ろう? 全部しゃべって、また一からやり直そう?」
「門田さんは私を裏切るんだね。あんなに助けてあげたのに」
「違う。うちは誰も裏切っとらん」
「裏切ろうとしてるじゃない。私たちだけの秘密にしようって約束だったでしょ」
「違うがん。月ちゃんのこと考えとるけん、ちゃんと話をするんよ」
「生意気なこと言わないでよ」
私は門田さんの肩を小突いた。彼女は一歩後ずさりする。
「中学のときから私の後ろでびくびくしていただけの門田さんに、一体何が分かるっていうの? あなたみたいに、中途半端で何もできない人に、私のことが考えられるっていうわけ?」
門田さんは小突かれた場所に手を置きながら、私から視線を外さない。
その堂々とした様子に、私は後ずさりしてしまう。
「もういいし」
私は視線を切って、正門のほうを向いた。「とにかく門田さんが信じられないってことは分かったから」とその場を離れようとする。
「おい、門田に謝っていけよ」
今度は、大きな手で肩を鷲づかみにされた。いつの間にか背後には佐々岡くんが立っている。
「さっきの態度は何だよ。門田に悪いって思わねえのかよ」
「佐々岡くんには関係ないでしょ」
「ああそうだよ。俺には関係ねえよ。お前なんぞがどうなったってな。けど、お前のせいで困ってる友だちを無視はできねえんだよ」
「暇なんだね」
煩い煩い煩い。どうしてみんな好き勝手なことするわけ。
私には考えなきゃいけないことがあるんだから邪魔しないでよ。このままだと先生と一緒にいられなくなるの。そうなったら嫌なの。
「お前、可哀想な奴だな」
ひどく柔らかく軽蔑した声で、物悲しそうに眉を開きながら、佐々岡くんは私を見た。
「1年のときは全然気づかなかったけど、お前、ずっと独りだったもんな」
「はあ、何それ。門田さんの仕返しのつもり?」
いつから門田さんと仲良しになったわけ。
前は先生を騙したからって一緒に嫌ってたくせに。
「そんなことしか考えられないから可哀想なんだよ。門田はお前を助けようとしてるのに、お前は自分のことしか見えてない。国立先生のことも分かって――」
「分かってるわよ! あんたなんかよりもずっと!」
私は大声を張りあげた。周りにいた数人の生徒がこちらを見てくる。
腹が立つ。何なの、そろいもそろって。先生が退屈していたことも知らないで。私だけしか、先生の苦しみを理解できなかったのに。
「国立先生が月島のことを悪く言わなかったのが、なんでか分からないのか?」
「煩い! 当たり前のこと聞かないで! 先生は……、先生は私のことを…………」
「どうした、続きを言えよ。先生のことなら俺より分かっているんだろ」
不機嫌そうな顔のまま、佐々岡が挑発してくる。それでも言い返すことができない。
――だって先生は、私に仕返しをしようとしているんだから。
その台詞は、頭が分かっていても身体が拒絶した。口に出した途端、現実のことになりそうで怖かった。
「……お願いだから、もう私には構わないで」
私は、今度こそ2人に背を向けて、正門へと歩き出していった。




