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先生が退屈な人でよかった  作者: じんたね
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9・7 後の祭りから終わらない祭りへ

 翌日。

 さんざん泣き腫らした私は、いつものように苫田高校に向かっていた。


「月ちゃん! 月ちゃん!」

 正門をくぐったとこで、門田さんが下駄箱から駆け寄ってくる。


「おはよう、門田さん」

 私は、駆け寄ってくる彼女を見ながら挨拶あいさつした。目の腫れがばれないよう、少しだけ距離をとる。


「落ち着いてっ、聞いてねっ!?」


 それにしても何があったんだろう。

 いつも門田さんは騒々しいけれど、今日はさらに慌てている。


「あっ、くっ、国立せんせ! 国立せんせが学校にいるんだよ!! 職員室!」

 ……え、先生?


「泰一に聞いたらね、帰って来たって!」

「……嘘」


 帰って来たって、簡単に戻ってこれるはずが……。泰一、あいつだ。先生と飲んだときに話をして、それで。


 私は門田さんを置いて、2年2組の教室へと走り出していた。

 確認しないと。本当に先生が帰ってきたのかどうか。





「おはよう」

 2年2組の教室に、懐かしい声が響いた。


 ……本当だ。先生が教壇に立っている。あのスーツ姿で、学校の先生のように。


「月島、もうすぐ始まるから席につけ」


 話し方まで昔と一緒。一体、どうして。何のために学校に。こんな退屈なところで。

 私は様子を見ながら自分の席に座って、HRの開始を待つことにした。

 教室全体がざわついている。おしゃべりなんかしていない。どうして先生がいるのかって、心で動揺している。けれど口には出せない、そんな雰囲気。


「今日は多崎先生じゃなくてびっくりしたと思う。どうして私がここにいるのか。まずはその説明をしたい」


 誰も、何も、言わない。

 いるはずのない人がしゃべっているのだから。


「私はここを辞職した。知っている人もいると思うが、月島の胸に触ってしまったからだった」


 今度は、クラス全体に声が戻ってきた。聞こえるかたちでざわざわと動揺している。

 私のほうを見てくる生徒もいる。煩い。あんたみたいな暇人の相手をしている場合じゃない。


「これは嘘じゃなくて事実だ。だけど性的な目的はなかったんだ。私は風邪を引いていて、月島がお見舞いに来てくれた。そして私の着替えを手伝ってくれているときに触ってしまったんだ」


 さらに教室内に動揺が広がる。噂話を否定し、胸を触ったことを認めたから。

 普通は逆。胸を触ったことを必死で否定しようとするはず。


「そのことを他の先生に相談して、話が変な方向にねじれてしまったというわけだ」


 でも私は違う意味で、先生の話に驚いていた。大事なところが抜けてる。着替えを手伝っているときに触れたのは事実だけど、それは私が触れさせたから。どうして先生のほうから触れたことになるの。


「苫田高校を辞職してからは、しばらくは自宅で引きこもっていた。ここに戻ってくるつもりもなかった」


 教室の何人かが、ごくん、と生唾なまつばを呑んだ。

 こんなことが現実に起こるなんて。誰もが信じられないという顔をしている。


「だが、最近になって思い出せたんだ。自分にはやり残していたことがあったと。まだ教師としてすべきことがある。だから復帰できるよう多崎校長にお願いして、仮の再就職を果たすことができたんだ」


 滔々(とうとう)と語っていた。

 私のことを一瞬だけ見たけど、すぐに視線を戻した。


「とはいえ、これは私の勝手な要求でしかない。みんなの気持ちがある。だから正直に言って欲しい。私の復帰を歓迎できないのであれば、やはり教師は諦めようと思う」


 しぃん。

 もうクラスはざわつくことすらない。


「けれど、もし、構わないというのであれば、もう一度チャンスをくれないだろうか。この通りだ。どうか」


 先生は頭を下げた。

 クラスは反応できない。そうだよ、先生はいないはずの人間だから。いきなりこんなことされても困るだけ。

 先生は頭を上げて、漂う沈黙を確認すると、無言のまま伏し目がちに教室を出ようとした。


 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。


 誰かが拍手をした。佐々岡くんが立ちあがっていて、力一杯、手を叩いている。


「国立先生、自分らは」

 あのアンニュイな顔のまま。だけど真剣に叩いている。


「インハイに負けました。あんなに頑張ったのに、すごい悔しかったです。武田も柴田もです。練習が足りなかったからっす。先生にしごかれる時間が足りなかったから。だから今度こそ、自分らは先生に教えて欲しいです」


 アンニュイな表情が消えた。先生はそれをじっと見ている。


「佐々岡の言う通りです」

「先生が俺らを叱ってくれないと、バレー部は駄目になります」


 がたり、と勢いよく、武田と柴田も立ちあがった。


「うちもせんせが帰ってきて、ほんま嬉しいです」

 今度は門田さんまで。


 するとぱらぱらと拍手をし始める生徒が出てきた。やんわりと叩いてたり、躊躇ためらいながら弱々しく叩いたり。しまいには全員が拍手を送るようになった。


「ありがとう」

 クラス内を見回しながら感謝する先生は、両手を太ももに置いたままの私に視線を合わせると、にやりと笑った。

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