表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生が退屈な人でよかった  作者: じんたね
52/70

9・6 通い妻から別居婚へ

 翌日。

 津島新道のアパート。『国立』の表札前。


 私は体育座りをしながら、先生が帰ってくるのを待っていた。仕方なく学校で授業を受けて、放課後になったらすぐにここに来ていた。気がかりだったあの弁護士さんはいない。よかった。これで先生を待つことができる。


『すまない。朝一番の急用ができた。夕方には帰ってくる』


 手持ち無沙汰ぶさたになった私は、朝に届いていた先生のメールを読み返す。

 この文面からだと、昨日、弁護士さんと話をしたのかどうかは分からない。登校前に寄っても先生がいないことだけは伝わってくる。だから朝は諦めて、放課後すぐにここに来た。画面を閉じて、携帯をポケットに入れた。


 ときおり、近所の人がアパートの前を通りすぎる。待つしかすることがない。

 どうしても考えてしまう、先生がどうしようとしているのかって。もしあの弁護士と話をつけたら私を訴えるのだろうか。


 私、そんなつもりじゃない。


 嘘はついたし、先生をおとしめることだってした。でもそれは先生が退屈してることを認めようとしないから。こうでもしないと先生の特別になれないから。

 私は学校を追い出されたって、訴えられたって気にしない。でも、先生に嫌われるのだけは……。


「どうした? えらい塞ぎ込んでいるな」

 いきなり、ぽん、と頭に衝撃が伝わってくる。驚いて顔を上げると、手を置いている先生がいた。


 ねえ、なんで。そんなに余裕なの。

 私、すごい不安だったんだよ。ずっと会えないし、話もできなかったし、それに恨まれているんじゃないかって怖かったんだよ。変な弁護士さんとは話をするし。

 聞いてよ。大変だったの、私。


「お、お帰りなさい……」

 先生は「ただいま」と、私の頭をぐりぐりなでてくる。


「多崎校長のことは悪かった。不意を突かれて、どうにもならなくてな」

「……いいですよ。気にしていませんから」


 私は、とっさに嘘をついた。

 本当は言いたいことがたくさんあるのに、どうしても言えない。


「先生こそどうしたんですか? スーツなんか着て」

 本音をごまかすために話を変えた。


 すぐに立ちあがっって横腹のシャツのたわんだ部分を引っ張る。こうすれば先生はいつも動揺する。私に触れられて逃げなくなった今でも。これで私のペースになれるはず。


「うーん」

 けれど違った。

 先生は腕を組みながら返事を考える。シャツを引っ張られているのに、少しも気にしない。


「なぜ私だったんだ?」

 しかも質問に質問で返してくる。私の質問は無視したまま。


「先生、スーツってことは就職活動ですか――」

「私が退屈そうにしていたから、だったな?」


 今度は、質問の途中で遮ってくる。

 おかしい。今日の先生はいつもと違う。


欠伸あくびばっかりしていたらしいな、眉間みけんしわを寄せて」

「そうです、けど……」


 意味が分からない。どうしてそんな話を始めるの。さっきから先生が会話をリードしてるし。私は返事を言わされているだけ。


「私は月島がいなければ、退屈している自分に気づけなかった。だが月島はどうなんだ? 私を退屈から解放して、どうしたかったんだ?」

「それは……」


 言葉に詰まる。先生の特別になりたい。そう思ってる。

 だけど、それだけじゃない気もする。何だろう。うまく言葉にならない。


「退屈しのぎです、当然じゃないですか」

 やっぱり私の口は嘘をついてしまう。「刺激があるほうが面白いですよね」と勝手に口が動いた。


「しかし、ここまでして大丈夫だったのか? 学校に居場所はあるのか? 門田とは仲良くしているか? 先生方や2組の連中は、お前のことをどう見ているんだ? 月島のことを偏見の目で見ていたりしないか?」


 次から次へと質問が溢れてくる。

 こんなに饒舌じょうぜつな先生は見たことがない。


「先生、今日はおしゃべりなんですね」

「おしゃべりな私は嫌いか?」


 先生はシャツを握ったままだった私の手を握ってきた。


「そ、そういう意味じゃありません」

「なら好きか?」

「からかうのは、止めてください!」


 私は思いっきり手を振りほどいた。


「すまん。そういうつもりではなかったのだが」

 先生は、小さく万歳をして降参のポーズをとった。


「今日は帰りながらずっと考えてたんだ。月島は今も退屈しているんじゃないかって」

「……どうして、そう思うんですか」

「月島の顔は退屈そうにしているからな、ちゃんと見れば」


 先生は万歳していた手をおろして私を見てきた。力まずまっすぐに。学校にいるときとも、自宅に引きこもっているときとも、お買い物に出かけたときとも違う。

 私は視線に負けて、先生から目を逸らした。そのまま靴の先を見つめる。


「月島を助けたいと思っているんだ。月島がそうしてくれたように」


 先生は腰を落として視線に合わせてきた。

 声に出そうになったけれど我慢した。私は口を閉じて、見つめ返す。


「自分が何をすべきなのか。ようやく見えてきたんだ。月島からもらったものを、月島にちゃんと返したい」


 先生はゆっくり立ちあがると『国立』前に移動した。ポケットから鍵を出して、部屋の入口を開ける。


 ――月島からもらったものを、月島にちゃんと返したい――


 これって、私から受けた仕打ちを、そのまま仕返しするってこと……?

 あの弁護士さんと協力して、そろそろ復讐ふくしゅうを始める、の……? 

 朝一番に出かけたのって、そのための打ち合わせ……?

 それとも昨日の夜に話がまとまったの……?


「ここで話をしていてもあれだろう。なかに入ってお茶くらい――――お、おい月島?」


 私はその場から駆け出していた。

 先生に恨まれている。仕返しされる。その事実に耐えられなかった。

 もちろん分かっていた、それだけのことをしたって。でも、先生なら分かってくれるって信じていた、一方的に。


 私は湿った視界のままバス停へと走っていた。すぐに先生から携帯に連絡があったけれど、それに応じることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ