表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生が退屈な人でよかった  作者: じんたね
51/70

9・5 正義の味方から悪の秘密結社へ

 私は、岡山駅のバス乗り場から先生の自宅に向かっていた。どうしても先生と話がしたい。泰一との飲み会が終わって帰ってくるのを待とうと考えていた。


 先生の家までバスで20分くらいかかる。まだ乗って数分しかたっていない。


『すまない。新幹線で多崎校長に出くわしてしまった。このまま飲みに行くことになったから、月島はそのまま帰ってくれ。今日会うのは止めておこう』


 私はさっきのメールを読み返してみた。

 今日は私といる一日だったはずなのに。どうして勝手に飲みにいっちゃうの。お酒は苦手なんでしょ。帰ってきてから会えばいいじゃない。不満が出てくる。


 気分を変えようと思った私は、吊り広告に目を移した。家電製品、雑誌の目次、イベントや観光旅行の案内、バス会社の宣伝。


『その借金は必ず解決してみせます。まずはご相談から』


 弁護士のうたい文句も混じっていた。

 必ずってどうするんだろう。代わりに払ってくれるのかな。


「次は津島新道つしましんどう、津島新道。こちらでお降りのかたは、押しボタンにてお知らせください」


 気晴らしをしていると、バスが目的地に近づいてきた。もうすぐだ。私は勢いよくボタンを押す。車窓から見える景色がスローモーションのようだった。早く、もっと急いで。


 乗降口が開いた瞬間、バスから飛び降りて、先生の家まで走った。靴は脱げかかるし、片手にバッグを持つから走りづらい。


 ようやく先生のアパートが見えてくる。

 夕焼けを反射する赤茶けた外壁と、一部が欠けた道路標識が目印。この角を曲がれば先生の家だ。アパートを囲む塀伝いに走っていると、夕闇ゆうやみにぼわっと見慣れないタクシーが浮かんできた。

 先生がタクシーを使って帰ってきたのかな。でもすごい胸騒ぎがする。なんでだろう。


 さらに私がアパートに近づくと、先生の部屋の前に人がいた。背の高い女性。まるで体当たりするみたいに身構えている。


「弁償はするが、私を心配させた代償でちゃらだぞ」

 この人、先生の家に押し入るつもりだ。


「国立先生に用事ですか?」

 私は、息を切らしながら話しかけた。玄関を壊されたら先生が困るし。


 ぐるり、と大きな身体の向きを変える。じぃ、っと私を見てきた。誰だろう。こんな人知らない。


「あんた、うちの客がどこにいるか知らないか?」

「……誰ですか、あなた」

「おっと、自己紹介をしていなかったな」


 わざとらしく大声で説明する。


「子守心愛という者だ。ここに住んでいる国立一弥に野暮やぼ用があってな」


 つかつかと近寄ってきて握手を求めてくる。私は握手に応じなかった。きれいな手をしている。着慣れたスーツだし、デスクワークをしているんだと思う。


「あんたは月島霧子ちゃん、で間違いないな」

 空気を握った手を引っ込めながら、女の人は確認をとってきた。


「…………」

 私は驚いていることがばれないようにするだけで精一杯だった。


 なんで、初対面のはずなのに、私のことを知っているわけ。腕を組みながら私のことを見ている。この人は敵だ。そう直感した。


「国立先生は今晩あたり帰ってくるのだろうか?」

「知りません。どうしてあなたに話さなきゃいけないんですか」

「こいつは手厳しい」


 この人は両手を上に向けて顔をしかめた。私が「どうして私のこと知っているんですか」と迫ると、すぐに表情を崩す。


「私が先生の家に押し入ろうとしているのを、一目で見破ったじゃないか。どの部屋に先生がいるのかを知っていたってことだ。とっさに表札を確認したとも思えない。つまり、ここに足繁く通っている。苫田高校の制服を着ていて、そんなことができるのは月島霧子ちゃんだけだ」


 この人、あの事件のことを絶対に知ってる。

 どこまで把握しているの。


「どっこせいっと」

 すると女の人は、先生の部屋の前に腰を下ろした。


「国立先生は夜に帰ってくる。だから霧子ちゃんも来たんだろ? 3人で話をしたいと思っていたところだからちょうどよかった」


 分かる。

 この人は油断しちゃいけないって。私のことまで調べてきているんだから。


「霧子ちゃん、少し話をしないか?」

 するとその人は私を見つめてきた。できれば話なんかしたくなかったけど、無視するわけにもいかない。私は彼女に近づいていく。


「国立先生はな、私のお得意様なのだ。何度か相談をされていたのだが、どうも最近、トラブルに巻き込まれたらしくてな。こうして押しかけてきたわけだ」

「そうなんですか」


 お得意様っていうことは、先生との付き合いが長いってこと。

 先生からの相談て何だろう。トラブルを解決するって、何をしている人かな。睡眠薬を出した心療内科の先生っていう線もあるけれど、あそこの名前はたしか大森だった。子守じゃない。だからこの人はカウンセラーとかじゃない。何より口が悪いし。


「因果な仕事でな。他人の問題を調停しようとするくせに、問題が調停されると食えなくなる。あこぎな商売だと思うぞ。困っている人間を食い物にしているからな」


 因果な商売、問題の調停。私の脳裏に、バスの吊り広告がよぎる。


 ――この人、多分弁護士だ。


 先生から相談を受けていて、その解決に来たんだ、きっと。

 弁護士さんの話を聞きながら、私の頭は、認めたくない結論を導いていた。弁護士は裁判とかそういうのを仕事にしている。先生の相談なんて、私のこと以外には考えられない。学校を追いやられたから助けて欲しいって。


 わざわざ先生の自宅まで来たってことは、急いで報告したいことがあったから。それは弁護士にとって大事なこと――多分、訴えて勝てる見込みがついたんだ。バスの広告までするほどお客が欲しいんだから。


「霧子ちゃんのこと、聞かせてもらっていいかな?」

 その人は立ちあがると、お尻のほこりを叩いた。


「国立先生とはどういう関係なんだ? 男女の仲なのか?」

 また私は返事をすることができなかった。いきなりのあけすけな質問に唖然あぜんとする。


「足繁く通っているということは親しいのだろう? あのセクハラ事件は狂言なのかな?」

 さっきから全然遠慮しない。どの質問の単刀直入。


「国立先生は元気なのか? ちゃんとご飯を食べて寝ているのか?」

 それに質問しているようでいて、私の答えなんか期待していない。


 どう反応するのかを確認しようとしている。それで事件にかんする情報の裏をとろうとしているんだ。このままだと一方的に質問をされて、何もかも見抜かれてしまうかもしれない。この人と一緒にいたらいけない。


「どうして胸を触られたなんて言ったんだ? 男女の関係を続けたいのなら、そんな――」

「子守先生」


 もうこれ以上は耐えられない。

 私は会話を断ち切ると、そのまま弁護士さんから離れた。


「ごめんなさい、そろそろ帰らないと。お母さんが待っているから」

「…………ん、そうか」


 彼女はあごに手を添える。


「だったら私の乗ってきたタクシーを使え――」

「ひとりで帰れます。失礼します」


 私は早歩きでバス停まで向かった。





 帰りはひどく不安な道だった。

 このあと先生と弁護士さんはきっと話をする。先生はどうするつもりなんだろう。

 この気持ちを先生に聞いて欲しい。そして「そんなはずがない」と笑って否定して欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ