9・1 少女活劇譚
私は自分の家に帰る途中だった。
いつもの通学路。何の変哲もない。ただまっすぐ目的地へ歩くだけ。
――胸を触られたとか、どうして嘘ついたんだ。先生を追い出して、何の意味がある――
学校で佐々岡が突っかかってきたことを思い出してしまう。
苛々する。好き勝手なことを言って、私を不愉快にさせて、ほんと気分悪い。
でも、どうでもいい。
すぐに忘れられる。
だって私には先生がいるから。
先生は私のことを避けなくなった。触れても拒否しなくなった。話を聞いてくれるし、ご飯だって食べてくれる。そんな先生を知っているのは私だけ。みんなの先生じゃなくなったから。
――うちら、悪いことしたじゃろ――
今度は門田さんのことを思い出しちゃった。ここまでくるのは大変だった。門田さんを使って、屋上に呼び出して、手の込んだことしてきた。
――どうして月ちゃんは平気なん――
これくらいしないと先生は振り向いてくれなかった。放っておいたら、きっと花本先生と結婚とかしてる。それじゃ意味がない。
――先生の気持ち考えたことあんのかよ――
考えているに決まっている。先生は退屈していた。学校なんかどうでもよかった。毎日に刺激を求めていた。だから私が助けてあげたんじゃない。
――先生の気持ち考えたことあんのかよ――
だから考えてるって言ってるでしょ。先生だって仕事を辞めてよかったって思ってるから。
睡眠薬まで飲まないといけないのって変だし。あれくらい強引にしないと、先生は自分じゃどうにもできなかったんだから。
――先生の気持ち考えたことあんのかよ――
もう煩いし。
仕事を辞めたからってどうだっていうわけ。収入がないんなら稼げばいいでしょ。
先生は私に感謝している。だから嫌な気持ちになってたり、私のことを恨んだりなんてことは絶対にない。絶対に――
止めた。
こんなこと考えても仕方ない。今日の学校のことは忘れよう。
「ただいま」
自宅に到着した私は、玄関の鍵を開けて入る。
帰宅の挨拶なんかしたって、どうせ誰もいない。お母さんは夕方に出かけて、夜中に仕事をし、朝に帰ってくる。酔っ払ったお母さんを寝かしつけて、お昼を用意してあげて、先生のところに行って、それから学校。これが日課。
お父さんとは離婚してから会っていない。親権はあっちにあるらしいけど、会いたいとか仕送りとか、そういうのは聞いたことがない。お金を求めるのは卑しいからって、お母さんはお父さんに連絡したりしない。多分、しても払う気なんてないんだと思う。
「……ただいま」
私は自分の部屋に戻った。
足元に山のように転がっているパズルゲームの本を蹴って、ベッドまで移動するスペースを作っていく。鞄を放り投げて、ベッドに身体を投げ出した。腹ばい体勢のまま、スカートから携帯を出して、まとめサイトを見る。
『35歳童貞無職がJK嫁を手にした件www』
下品なタイトルの下には、名無しさんという匿名コメントが続く。
『自宅警備員最高』『という夢を見たんだ』『もうやった?』『誰かラノベにして』『エロゲばっかりしてるから、そんな幻想を』『「朝ごはんは何にします? 洋食、和食、それとも私ですか?」と素直クールJKに言い寄られる』
私はため息と一緒に、そのページを閉じた。
最初は面白いと思っていたけれど、もう飽きてきている。お約束の台詞回し、煽り、揶揄、炎上、痴話げんか、いつも同じことしか書かれていない。
SNSだって代わり映えしない。
自分にとっての正義を振り回して満足している人ばかり。誰にとってもどうでもいい愚痴や悩みを楽しそうにこぼすだけだし、誰が仲間で誰が敵でって、楽しそうに花いちもんめをしてる。喫茶店の食事とか塗ったネイルとか洋服とか、そういう写真をあげて、自分をきれいに見せようとしてる姿が、滑稽だし汚らしい。
どこか損した気分を変えるために、私は別の操作を行う。
『月島です。大丈夫ですか?』
『大丈夫だ。どうして私の連絡先を知っているんだ?』
ずいぶん前にやった先生とのメール。今でもときどき見る。
『月島は普段から、こんな風にメールするのか? 文体が丁寧というか、シンプルというか』
『先生は友だちみたいなのが好きですか? 国立先生だから気を遣ってみました』
あのときは面白かったな。車の窓から顔を出したら、先生びっくりして。
また先生とこんなことしたい。どこかに遊びに行って、一緒に歩いたりして。
「どうするんだっけ、普通は」
みんなは恋人がいたら週末とか何をしているの。家でじっとしているってことはないよね。
よく分からなかった私は「週末 恋人 過ごし方」で検索してみた。するとすぐに、ショッピング、映画、公園の散歩、などの答えが並ぶ。
散歩とかいいな。買い物はできたらでいいし。
場所はどうしよう。岡山だと見られるよね。どっか離れてて、移動が簡単で。
「岡山から1時間、観光」
その条件で検索してみると、県内の観光スポットと一緒に、新幹線で大阪や神戸周辺へ、というサイトがあった。これにしよう。ちょっとお金はかかるけれど、県外なら苫田高校の人はいないはずだし。




