8・7 ほんとうの私
「気晴らしに、話を聞いてくれないか」
ベンチで休みながら、横の月島に提案する。すぐ「はい」と返事が返ってくる。
月島に、休みながら考えたことを話そうと思った。どうして私は、この場所を受けつけなかったのか。
新幹線。人混み。販売店。ミュージシャン。
気分が悪くなった現象には、すべて共通点がある。みな、同じであることに縛られていた。
新幹線では画一的な行動を求められ、
人混みでは周囲に同調して明るく楽しむことを強要され、
販売店では新しいというだけのほぼ同じデザインの商品を売り続けなければならない。
そうやって同じであろうと追い立てられる姿は、まるで私そのものだった。
朝起きて、学校に向かい、仕事をして、自宅に帰る。
誰が命令したわけでもないのに、よき教師であることに縛られる毎日。
それがどんなに退屈だったとしても。退屈ゆえに退屈しのぎを求め、ますます退屈が深まる。
かといって同じであることを止めればいい、ということでもないのだろう。
他人とは違う、と思っている時点で、もうすでに同じなのだ。それを軛に感じるほどには、もう十分に同じであることに馴染んでしまっているのだから。
それに他人と違うことをしたって、それがまた新しいルーティーンになる。あのミュージシャンだって路上ライブをしているときは刺激的でも、大成すればいずれは退屈なルーティーンに巻き込まれる。
私が教師としてやってきたことは、こうして同じであることに生徒を縛ることではなかったのか。
同じように勉強し、
同じように振る舞い、
同じように進学して、就職して、家庭を持って、働きながら過ごすように。
「そんなことを考えてた」
言葉に詰まりながらも、ようやく話をし終えた。
その間、月島は黙ったまま、相づちを打つこともなかった。つまらない話だったのだろう。
ただ、まだ月島には伝えてないことがある。教師としてやってきたことが、たしかに同じであれと縛ることだとしても、本当の教師は違うんじゃないか。もっと別の大切なことがあるんじゃないか。そんなぼんやりとした考えは、十分に言葉にはできなかった。
私が、空になったペットボトルを握ると、ぺこりと間抜けな音がした。
「先生が言いたいのは」
月島はようやく口を開く。
「新しいことをしてもルーティーンから抜け出せないってことですか」
ぱこんと凹んだペットボトルが元のかたちになる。
私は表面のビニールを剥がそうと爪をかけた。ぴりぴりとミシン目に沿って裂けていく。
「学校を辞めたっていずれは退屈するってことですよね。だったら辞めただけ損だし意味もない。収入もなくなる。周囲から白い目で見られる。だから先生は私のことを――」
「恨んでいる、と言ったら安心するのか?」
その言葉に、月島は一瞬緊張する。
「冗談だぞ、冗談。月島には感謝している」
私は、剥ぎとったビニールをくしゃくしゃと丸めながら言った。
月島は黙ったままだ。弱々しく俯いている。どうしたのだろう。疲れてしまったのか。今までの彼女とはまるで別人だった。
私は丸めたビニールとペットボトルをゴミ箱に投げ入れると、ベンチから立ちあがり、来た道をたどっていった。
月島は、その背後を静かについてきた。
神戸駅に到着すると、私たちはその場から別行動をとることにした。
(岡山に着いたとき、顔見知りに見られたら困りますから)
と、月島は最前列に向かっていた。私は最後列に席をとり、窓から風景を眺めていた。
月島は自分たちのことをどう思っているのだろう。私とのことで苫田高校にいづらいはず。朝夕の時間を割いてまでアパートを訪れる意味があるのだろうか。
「隣は空いてるか?」
考えごとをしていると、頭上からテノールの甘い声が降ってきた。「元気そうだな」とネクタイが揺れる。声の主は、返事を待たずに隣に座った。
「まさか俺のことを忘れたのか?」
おぼろげな記憶が、急激に色彩を取り戻していく。
かたち、匂い、肌触り、温度。そのすべてが一瞬で息を吹き返す。
「今、思い出しました、多崎校長……」
多崎校長はへらへらと笑っていた。




