8・6 プラスチック爆発は不可避
「先生、大丈夫ですか?」
月島が心配そうな顔で私の手に触れ、「これ、よかったら」と自販機で買ったであろうお茶を手渡してくる。
「すまない」
受けとったお茶を一口含むだけで、胃の腑に染み落ちていくのが分かる。
脂汗を浮かべた額をかすめる風とともに、疲弊した身体を慰めてくれた。
私はぐったりと力を抜いて、ベンチに座っていた。隣には両足を揃えて座る月島。不安そうに視線を落としている。
「引きこもりが長かったからな、人酔いしたみたいだ」
「無理して誘ったから、ごめんなさい……」
「そんなことはない。いいリハビリになった」
私はにっこりと笑ってみせた。「先生、眉間の皺がすごいですよ」と笑われてしまう。どうも、こういうのは苦手だ。
私と月島は、岡山から新幹線で1時かけて神戸駅に出て、そこからさらに30分ほどの場所にある大型ショッピングモールへと出かけていた。
(買い物に行きませんか?)
仕事を辞め、月島が家に来るようになってしばらくが経過したある日、そう提案された。
わずかに覚える違和感。どうして今さら買い物なのか。ただ、期待に胸膨らませている月島の様子に、それはかき消える。
(実は、もう場所は決めてあるんです。苫田高校の人がいないから安心してください)
私は二つ返事で了承した。
家でじっとしていることにも慣れ、真新しい刺激が欲しかった。やりがいの見えない仕事に追われる苦痛はなかったが、それでも膨大な自由時間を持てあまし始めていた。
だが、すぐに不用意だったと後悔する羽目になる。
最初の試練は新幹線だった。自由席を利用するために、狭い入口から車内に入る。そこにはビジネスマンおぼしき人々が、区画整理された座席に不機嫌そうに並んでいた。その様子に不快感が込みあげてきたが、それでもどうにか耐えながら無事に駅に降り立つことはできた。
新神戸駅からそのままローカル線に乗り換え、20分ほどのところにあるショッピングモールを目指す。駅からショッピングモールまでの道のりはきれいに鋪装されており、街並みも都会的で整っている。だが、ひたすら同じ輪郭、同じデザインが続いたため、不安を煽られた。
街並みを闊歩する人々もまた、同様にのっぺりしていた。人、ひと、ヒト、人間、人々(ひと)。中学生高校生大学生社会人男女中高年老年一人恋人夫婦家族が、まるで強いられているように陽気なおしゃべりを繰り返している。同じような服に身を包み、同じような話題を口にしながら。
そんな人混みのなかに路上ライブを展開するミュージシャンが1人いた。ぽつりぽつりと足を止めてくれる人もいたが、ほぼ一方的に歌いかけている。歌詞はよく分からなかったが、自分は周りと違うんだということを主張していた。
ショッピングモールに到着したときには、もうすっかり体力を失っていた。これでは月島に申し訳ない。どうにか気分転換をしようと手近なお店に入った。
そこは洋服の量販店だった。
手近にあったシャツを手にとって眺めてみるが欲しいというほどでもない。今、着ているもので十分なのではないだろうか。
「そちらは新入荷のもので、よく出ていますよ」
すると、にこにこと笑顔を振りまく店員が近寄ってくる。
「ぜひ試着されてみてください。違うサイズもご用意していますから」
「あ、いえ」
「お客様はとてもほっそりされていますから、お似合いになると思います。私なんかも着させてもらっているんですけど、シンプルなデザインが特徴的なんです」
店員は自分のシャツの引っ張り、生地を見せてくる。
「この手の白シャツとか、定番のボーダーは外れがありませんし、持っているとコーディネートに不安がありませんからね。ボトムはどのようなのをお持ちです?」
「ええと、ジーンズが多い、ですかね……」
「でしたら合わせやすいですよ。オフで着られるのはもちろん、ビジネスでもカジュアルを演出できますし、それに――」
その店員は、私を置いて演説を始めてしまった。放っておくわけにもいかず、ただひたすら言葉を聞き流す。
(そちらは新入荷のもので、よく出ていますよ)
この洋服が売れていることと、私がそれを買うことに関係があるのか。
(私なんかも着させてもらっているんですけど)
その服を着るのは、店員ではなく私のはずだろう。
(シンプルなデザインが特徴的……コーディネートに不安がありません……)
そんなところに不安を感じてどうするんだ。安心するために買っているんじゃないぞ。
(ビジネスでもカジュアルを演出できますし)
ビジネスではビジネスを演出するものだ。ビジネスなのだから。
(お客様はとてもほっそりとされていますから……ボトムはどのようなのをお持ちですか?)
私の個人的な事柄については、放っておいて欲しい。
「いかがですか? お買い得ですよ?」
ようやく演説が終わり、本題に入ってきた。
「す、すみません、また今度に……」
もう頭のなかは言葉でぎっしりだった。
がらくたのような断片が詰め込まれ、ろくに思考することができない。そのまま足腰に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。怪訝そうな顔の店員が見下ろしている。
「月島、か、肩を貸してくれないか……」
「は、はい」
込みあげてくる吐き気に耐えながら、月島に支えられつつ店舗をあとにした。




