8・4 人間的、あまりに人間的
校長室を出た子守心愛は、正門目指して闊歩しながら、多崎泰一の話を思い返していた。
国立一弥は月島霧子とのトラブルがあって、ここを依願退職した。それは彼にとって不幸中の幸いだろう。月島霧子が訴えなければ、やりがい中毒で駄目になっていた可能性が高い。
――おばさんよりも女子高生のほうがいいってか。
とはいえ子守は、専門家としての自負心を逆なでされた気分を舐めていた。
1年ほどカウンセリングを続けて、ようやく突き止めた不眠の原因を、強引に解決されたからだ。あの仕事人間が、女子高生に関係を迫るはずがない。月島霧子なる人物が嵌めたに決まっている。それなりの悪意と知恵がなければできない。
子守は、国立一弥の安否を気にかけながら、月島霧子に興味津々だった。どんな面構えをしているのか。どうやって嵌めたのか。とにかく情報が欲しい。
そんなことを考えていると、正門近くに短髪の黒髪少年の歩く姿が見えてくる。
「ちょっとそこの君」
すぐさま声をかけるが、少年は振り返らない。
「太宰治と坂口安吾を足してその養分を筋肉に変えたような顔の、そこの文学青年、君だ」
ようやく少年は彼女を識別した。「なんすか」と不機嫌さを隠さない。
「教えてくれ。月島霧子とはどんな生徒なんだ? 国立一弥と関係しているのか?」
「…………」
当然のことながら少年は黙したまま。見ず知らずの怪しい人間に、喧嘩したばかりの月島霧子について質問をされ、饒舌にしゃべるはずがない。
「君は苫田高校の生徒だろう? あの事件のことは知っているはずだ」
しかも事件のことすら知っている。彼が彼でなくとも、口を開かないのは当然だろう。
子守を無視して、彼は帰路につこうとするが、彼女は「待て」が立ち塞がった。
「私は正義の味方だ」
「……は?」
「国立先生の無実を証明したいんだ。力を貸してくれないか?」
無実、という言葉にアンニュイな表情がわずかに柔らかくなる。それを子守は見逃さない。
「私は子守心愛と言って、国立先生とは長い付き合いでな。さっきも多崎先生と相談してきたところだ。君のことは誰にもしゃべらないから、ぜひ、教えてくれないか」
すぐさま子守は、多崎泰一の名刺を見せた。
「泰一の知り合いっすか……?」
「ああ、そうだ。キュートなぼさぼさのな」
と、職業を隠しながら信用を得るために口裏を合わせる。
「分かりました……」
子守を信用した彼は、月島霧子について説明を始めた。目立たない大人しい生徒のふりをする、国立一弥を騙したひどい女、という筋書きだった。門田杏という女子生徒を言いくるめて、屋上に呼び出したとも。ただ残念ながら、多崎泰一から聞いたこと以上の情報はなかった。
「きれいっすけどね」
月島の外見について不服そうに褒めている言葉を除いては。
子守は、月島霧子なる人物にますます会いたくなっていた。面白いではないか。人の客を横取りするふてぶてしい女子高生。しかも美人。
それから彼女は、少年の連絡先を聞き、「ありがとう。助かった」と、嵐のようにその場を去った。
「……なんっすか」
少年は呆れた表情のまま、見送ることしかできなかった。




