7・6 Fallining with You
私は台所へ入ると、薬缶に水を溜めてガスコンロに置く。
すでに私は考えることを放棄していた。月島のことも学校でのことも。不思議なことに身体が勝手に動いている。台所仕事をすることで無意識のうちにリズムと回復しようとしているのかもしれない。
「あっ、先生」
すでに部屋の奥にいた月島が、駆け寄ってくる。
私は、棚から急須をとりだし、そこに茶葉を振り入れる。お盆のうえに湯飲み2客を配膳し、薬缶のまえに立った。
「慣れていますね」
まじまじと側で観察する月島。
かたり、と蓋を開けてみるが、まだ沸騰していない。「どうして無視するんですか?」
そして私は蓋を閉じる。「先生?」
ちっちっ、とガスコンロが薬缶の底を熱する音が聞こえてくる。「私、先生のこと見直してますよ?」
どん、いきなり背後から衝撃を感じた。
腰に回された細長い腕、背中に感じる温かい吐息。どうやら月島が背中から抱きついたようだ。
「何をしているんだ」
月島は答えない。腕を深く絡ませ、シャツのたわみに鼻先を沈める。
かたかた、と蓋がわずかに振動し始めた。
「月島、何をしているんだ」
「……抱いてください」
薬缶の口から蒸気が吐き出された。蓋の揺れも大きくなっていく。
「私、先生を独占したいって、ずっとそう思ってました」
かたかたと蓋の動きが激しくなる。白い気体も、薬缶の口から勢いよく出始めた。
「先生の苦しみが分かるのは私だけです。それを救ったのも私だけなんです。先生の理解者は私。もう私だけのものです。先生と一つになりたい」
私はガスコンロの火を切った。
薬缶の蓋を押さえながら、湯を急須と湯飲みに注ぐ。急須には蓋をして茶葉を蒸らす。
「……せ、先生?」
動揺する月島を無視し、湯呑みを温めた湯を捨てると、じっくりと蒸らした緑茶を満たした。緑色の渋い香りが広がる。
「月島は」
私は熱を吐き出した薬缶をガスコンロに戻す。「抱かれたいのか?」と続ける。一瞬、月島は全身を強ばらせた。
「分かった」
私は月島の手首を握ると、フローリングの床に薙ぎ倒した。彼女はうめき声をあげて背中から落下し、折れ曲がった四肢を無造作に放り投げる。
すぐ彼女に跨り、そのまま手首を押さえつける。
「止めてください」
身動ぎする月島を、体重をかけて征する。もう片方の手で、下着ごとシャツをたくし上げると、胸が露わになった。
「お願いです、乱暴しないでください……」
胸を隠しながらも逃れようとする姿に、もう勝気な態度は残っていなかった。
ぞわぞわと快感が込みあげてくる。さんざん好き勝手にされてきた月島に、あっさりと仕返できている。これから彼女をどうしようと私次第。
――構うものか。
――月島を連れ込んだことになっているんだ。
――事実となっている嘘に中身を与えるだけじゃないか。
「先生、私は本当に好きなんです、だから、こん、なのっ、嫌っ、です」
大きな瞳は滲みだし、月島はむせび泣く。その姿は、人生を台なしにした悪辣な人間ではなく、年相応の幼い女の子のそれだった。
何をやっているんだ、私は。
ふと、我に返った。
――馬鹿なことをするな。
――お前は教師ではないか。その使命を忘れたのか。
――嘘を現実のものにしてどうする。濡れ衣は晴らすものだろう。
さまざまな感情が濁流となって流れ込んでくる。
「私は……」
月島に跨ったまま、もう手に力は入らなくなっていた。両手で顔を覆い、感情の放流に耐えることしかできない。
苦しい。終わりにしたい。
この苦しみをどうすればいいんだ。誰か、助けてくれ。
「先生」
すると月島が私の頬をなでた。躊躇いがちに、それでも柔らかく。
「ち、違うんだ、これは、私はそんな……」
「もういいんです、もう、苦しまなくて。ここは学校じゃないから」
月島に抱き寄せられる。まるで彼女の声が皮膚から染み込んでくるようだった。
「先生には私がいますから、ずっと」
その言葉を最後に、私は理性の手綱を手放した。




