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先生が退屈な人でよかった  作者: じんたね
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6・3 夢想中

「ここはどこなんだ」


 そう、言葉にする。だが私の声は、周囲に染み入るようにかき消えた。周囲に人の気配はおろか、音声が反響する物体すらない。


 ない。

 何もない。

 色も、かたちも、上下も、左右も。

 見ることも触れることもできない真綿に包まれているような、そんな感覚が、でっかいペンチで締めあげるほどの苦痛をもたらしている。


 ――またこの夢だ。


 私は重苦しい苦痛にありながら、自分の置かれている状況を冷静に捉えていた。いつもの悪夢だ。このあと、私は大声で叫ぶことになっている。お約束の展開ではないか。



「月島霧子には気をつけてください」


 だが、不意に聞こえてきた男の声が、私の予想を覆した。




 どういうことだ。ここで私は目覚めるのではなかったのか。

 それにこの奇妙な男は誰なんだ。なぜ私に助言する。

 眼前には見慣れた風景が広がっている。下駄箱、職員室の扉、コンクリートの床。全部、苫田高校の校舎の一隅。

 あとやけに眩しい。満足に目を開くことができず、男の顔がはっきりと見えない。

 さらに奇妙だったのは、周囲に誰もいないことだ。不気味なほどの無音に包まれている。


「どうして月島を警戒するんですか?」


 その男は無言でかぶりをふる。

 せてくぼんだ眼球が、視線をそらすことを許さない。


「せめて理由を教えてください。千早ちはや先生」


 先生・・。私の口はたしかにそう呼んだ。この男のことを「千早先生」と。


 ――そうだ、思い出した。


 この人は千早黒樹ちはや くろき先生だ。ようやくまぶしさに慣れてきた両目が、見覚えのある顔を捉える。

 花本先生が来るまえに国語を担当されていて、いつも柔和で物静かで、困ったときはさり気なく助けてくれる、そんな存在。いつの間にか学校を辞められていて、ひどく寂しく感じたことを覚えている。依願退職されたのだと、あとで多崎校長から教えてもらったのだが。


「とにかく月島の話を聞かないように。卒業までの辛抱です」

「さっきから話が分かりませんよ……」

「いいですか、私はちゃんと警告しましたからね」


 千早先生はいきなり背中を向けて、逃げ出すようにその場から離れていった。

 何が何やら分からない。どうして千早先生がいるのか。月島に耳を貸すなとはどういうことか。


「国立先生、どうしたんですか?」


 その声と一緒に、肩に手が置かれる。

 びっくりして振り向くと、きょとんとした月島の顔があった。


「私の顔、おかしいですか?」

「いや、ここに男の人――違う。千早先生だ。千早先生のことで何か知らないか? さっきまでここにいたんだが様子がおかしくて」

「チハヤ? そんな先生いませんよ」

「思い出せ。千早黒樹先生だ。ここで国語を教えていたじゃないか」

「先生こそしっかりしてください。国語を教えているのは花本先生ですよ? 私がここに入学したときからずっと」


 そんな馬鹿ばかな。

 どうして月島は憶えていないんだ。1年生のときの担任は千早先生だったはずなのに。


「安心してください。私は国立先生のことを忘れたりしませんから。たとえ学校を辞めても、先生じゃなくなっても」

「月、島?」


 月島は、私の腕に指先をわせていた。

 緩やかで弱々しい動き――だと思われたのは一瞬だった。すぐさま爪を立てて、ぎりぎりと力が込められる。


「私、楽しみはとっておきたいんです」


 月島が笑った刹那せつな、彼女は熱せられたガラスのように輪郭を失い、私そっくりの顔へと変化した。


「私が誰だか分かるな」

「お前は、月島、じゃない……」

「私は国立一弥。お前そのものだ。千早黒樹の次はお前だ」


 にやぁ。

 国立一弥は笑顔を浮かべた。

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