不老不死貰って異世界行ったけど、そこは宇宙空間だった……死にたい
視界一杯に広がる星々の煌めき。広大でどこまでも続くような黒い下地の上に赤、青、白。文字通り自らを燃やして放たれる鮮やかな色彩たちが、僕の目を喜ばせる。
「 」
だがどんな素晴らしい宝石箱も、片時も目を離すことなく見続けてしまえば、感動を生み出すことなど出来はしない。それはもはや日常を彩るアクセントではなくなってしまうのだ。
十年間似たような景色を見続けた僕が言うのだから、間違いはない。
「 」
その事実に、再び溜め息を吐く。とはいっても吐き出すものなど何一つなく、ただ肺と喉を緊張させているのみ。
当然、何かを吸い込むこともありえない。口と喉を何かが通過した記憶などどこにもない。味や臭いとは一体何だったか。
感じる温度もこの十年間、まったく変わらない。暑いや寒いといった感覚がどうだったのか、もう思い出すこともできない。
聴覚は体を巡る血潮の音と、骨から響く振動を拾うのみ。
頬を抓ったり髪を引っ張ったりしても、不老不死だから、感じる痛みは大したことじゃない。
目と耳が感じるその極僅かな刺激、肌から感じる微かな痛みが、死人と何ら変わりはしない僕が、生きてしまっていることを実感させる。
空気にすら邪魔されない広大な景色。見る人によっては感動すら覚えるだろう光景はしかし、僕の心に何らか波を産み出すことも出来はしない。
生産どころか消費すらしない無感動の日々が、あのときから始まった僕の日常だった。
「パンパカパーン。おめでとう少年、君は異世界に行ける権利を手に入れましたー」
ドンドンパフパフーというBGMと、舞う花吹雪、そして目の前には、何か神々しさを感じる様な感じないような、白い大福のような球体が存在していた。
「あー、今大福とか失礼なこと考えたでしょ。神様に対して超失礼ー」
どうやって話してるのかも知らないが、人の考えることが分かるこの球体は曰く、神様らしい。ここがどこか、ここに至る経緯は、などという疑問は、何故かその時浮かんでは来なかった。
「ま、君が異世界に行くことは決まってるんだ。それに伴って何か特典を一つ進呈してあげます! 超優しーでしょー?」
自称神様のテンションはウザったいままだが、どうやら特典とやらをくれるらしい。どんな特典があるのやら。
「何でもあるよー。世界最強の生物とか、無敵の剣を手に入れるとか。おススメは、とある国の王子として転生かなー?」
前二つに比べて地味すぎる特典だと思っていたが、今思えばそれが最良の選択肢だったのかもしれない。
しかしそんなことは当時は露とも思わなかった。特に何かを強く望んだわけではなかった。ただ漠然と心に有った気持ちは『死にたくない』というものだった。
「ふむ、『死にたくない』か……。じゃあ不老不死なんてどう?」
考えを読みとった自称神から出された提案がそれだった。悪くはないと思ったが抵抗があった。マンガや創作物で読んだ不老不死は大体が最終的に自己の死を願っていたからだ。あと痛いのとかもノーサンキューだ。精神やられちゃう系も。
「だいじょぶだいじょぶー。ちゃんとそこらへんも融通聞かせてあげるよー」
曰く、痛みはかなり緩和され、精神的な死すらも起こさせない。最初の百年は強制的に生きてもらうが、その後は自分の任意のタイミングで苦痛なく死ぬことが出来る、とのこと。死にたいときはいつでも死ねるわけだ。中々至れりつくせり。
未来永劫の時の中で生きるわけではないのなら、まあいっか。
そう考えていた当時の僕をぶん殴って説得してやりたい。
「一応聞くけど、ほんとにそれでいいのー?」
神様から再三の確認があったにも関わらず、それを無視して別の世界について妄想を膨らましていた。異世界転移転生物のテンプレよろしく、派手な活躍をするであろう未来の自分に酔いしれていた。
「りょーかい! そんじゃ異世界頑張ってねー!」
最後に聞いた自称神の言葉がやけに楽しげだったのを覚えている。
派手なエフェクトもなく、気付いた自分は宇宙空間を漂っていた。
最初はどこかの星に落下しているのかとも思ったがそうではなく。何もない真空の中を泳いでいるのだと気付くのにいささかの時間がかかった。
いきなり宇宙に放り出されたという事実に数日間――もっとかもしれないが、まあかなりの時間――錯乱状態にあった。発狂死してもおかしくない状況だったが、そこは不老不死の力、俺の心に平穏を作るのを許してはくれなかった。
落ち着きを取り戻すと、神様の発言を思い出していた。
神様が言っていたことが全て正しいと仮定するなら、今自分がいるこの宇宙は元の世界とは違う宇宙なのだろう。
世界という括りを『星』ではなく、『宇宙空間』にまで広げたのなら、神様の言うことは間違っていない。自分が勘違いしただけだ。
もし自分が特典に『地上最強の生物になる』ことを選んでいたのなら、自らの内圧で弾け飛んでいただろう。
つまりあの時の正解は、『どこかの国の王子になる』というものだった、ということになる。どんだけ自分がしょぼくても、少なくとも同族たちは周囲に居るわけだしね。宇宙空間よりマシだろう。
まあもしかしたら全身紫色の肌をしたような種族だった可能性もあったわけだしな。
小説なんかの『異世界転生』は、正確には『異世界星転生』とか『異世界文明転生』なんだろうな。
異世界>宇宙空間>星という不等号が成り立つのは、当然と言えるか。
未だ納得は出来てないがな。
そしてこの不老不死ボディ。
自称神の言った通り、かなり優秀だ。
痛みはなく、精神的な死もなく、肉体的な死はあり得ないときている。
どこかの星に降り立ったのなら、色々なことが出来たのは間違いないだろう。
今となっては、僕という存在を捕まえて離さない、肉の牢獄となっているが。
牢獄に捕らわれて十年といったが、果たしてそれがあっているのかは分からない。二十年なのか五十年なのか、はたまた一年すら経っていないのか。ただ分かっていることは、その間僕を取り巻く状況は何一つ変わらないこと。そして百年経っていないということ。
何ら変わらぬ刺激、何ら変わらぬ状況、何ら変わらぬ、自分自身。
真っ直ぐ届く宇宙からの光線を瞼で遮り、無限の刺激を求めて脳内の空想の世界に逃げ込んでいくのだった。