教室にて②――有機と騎衛瑠
黒輪が席に戻り、有機が後頭部をさすっていると、すぐに黒のタイトスーツに身を包んだ白手麗叉が、右手に名簿を抱えて教室へ入ってきた。
その横を淡い紫髪の少年がついて歩く。小柄で幼い容姿は明らかに中学生。下手をすれば小学生に間違えられるだろう。その少年を見た周囲の生徒たちが、顔立ちが整っているせいもあって美人の白手が弟でも連れてきたんじゃないかと錯覚するほどだ。
「皆さん、静かに。席についてください。今年一年皆さんの担任を務めることになりました白手麗叉です。授業で顔を合わせているから私を知らないという生徒はいないと思うけど、くれぐれも私を『怒らせないように』注意してくださいね?」
日差しが差し込んで暖かいはずの教室がその言葉に凍りついた。体感温度はマイナス一〇度くらいだろうか。体を駆け巡る悪寒を有機だけでなく、クラスの全員が共有していた。
白手の授業をまだ受けたことのない騎衛瑠はその光景の意図がまるで読めず、事態を引き起こした当事者も、何事もなかったかのように話を続けた。
「それと、このクラスに転校生が入ります。紫丈君、挨拶お願いね」
「紫丈騎衛瑠です。好きなものは、あね、じゃなくてアネモネです。あとはせんべいが好きです。よろしくお願いします」
ペコリと騎衛瑠がお辞儀をすると何処からともなく、
「カワイイ……」
「せんべいとか可愛い……」
「マジ天使……」
複数の女子生徒の吐息まじりの声が教室に広がる。
確かにこの容姿と声変わりもまだ終わっていないような愛らしい声を出されたら母性本能はくすぐられることだろう。
「それじゃあ、紫丈君はそこに座って」
「わかりました」
「…………」
白手が指をさし、騎衛瑠が向かう席は有機の隣にあった。出席番号順に並ぶはずの席で、紫丈という名前の生徒が座るには明らかに不自然な位置。
教室の一番後ろや端と言った場所でもない。教室の前から歩いてくる騎衛瑠の奥、教卓にいる白手と有機の目が合うと女教師は有機にだけわかるように右目でウインクをした。
「あの女……」
小さく呻く。それだけで有機はこの不可思議な事態を理解した。友達の極めて少ない有機への白手の粋な計らいではあったが、有機にとっては大きなお世話以外の何物でもなかった。
騎衛瑠が席に着いても、有機は外を眺めてやりすごすことにした。
新学期恒例の自己紹介が終わると簡単な事務連絡が始まる。それも終わると、下校許可が下り、白手が明日から始まる宿題テストへのエールを送ったのち解散の運びとなった。
「なあ」
「…………」
「なあってば!」
有機は外をじっと眺めシカトをきめこんでいたが、騎衛瑠は有機の肩を掴んで左右に揺さぶりだした。これにはさすがに有機も痺れを切らし、
「なんだよ! 俺に何の用だよ。無視してんのがわかんないのか?」
転校生への思いやりのかけらもない返答ではあったが、騎衛瑠はそんなことを気にする様子もなく、キラキラと輝く瞳で有機を見つめている。
「お前の名前ってさ、『むとうゆうき』っていうんだろ?」
「ああ、そうだよ。さっき自己紹介しただろ? なっ、なんだよ。気持ち悪い。そんな目でみるんじゃねえ!」
自己紹介と言っても下を向きながら名前を言っただけである。そこだけ見ればただの根暗で引きこもりのニートを連想できる。だが、そんなどうしようもない自己紹介しかしていない有機に騎衛瑠は興奮したように言葉を投げる。
「むとうってカードゲームとかすんの?」
「……は?」
「すんの?」
「いや、しないけど……」
「じゃあさ、金色のパズルとか持ってる? 普段は首から下げたりしてる?」
「持っていないし、してない」
「えぇ! じゃあ、ファラオの意思はどこに……」
「知るか!」
「お前、決闘王じゃないのか?」
「漫画と現実を混同すんな! 名前も漢字も違うわボケ!」
青木は二人のやり取りを遠くから眺めながら声を出して笑い、絵依はその馬鹿なやり取りに溜息をついた。
最後の会話部分は『遊戯王』のことです(苦笑)