始業式の裏で――白手麗叉
「あのー、すいません……誰かいますか?」
騎衛瑠は恐る恐る職員室の扉を開いた。高等部の教室や廊下には人の気配がない。
欅並木を歩いていた時はあれだけ大勢いたはずの生徒がまるでいないのだ。
まさか始業式の日を間違えたんじゃないか、校舎を間違えていないかと考えもしたが、それならしっかり者の瑠華姉さんが何も言わないはずがないし、校舎なら先日下見にきたのだ、間違えるはずがない。と自分自身に言い聞かせる。
騎衛瑠はとにかく人を見つけようと広い高等部の校舎を彷徨い、職員室にやってきた。
職員室は横に長い長方形で机の島が三つ、学年ごとに分けられている。騎衛瑠の視界からだと奥には副校長席があり、その横に校長室へと繋がる扉が見えた。
「はい?」
透き通るような声の持ち主は三つの島の真ん中の島。
職員室のほぼ中央で騎衛瑠の声掛けに応じて回転椅子をクルリと扉の方へ向けた。
――白手麗叉。
聖央学園高等部二学年を担当する教師歴三年の新米教師。担当科目は英語。フランス人の父を持つ彼女は透明感のある白い肌が印象的で窓から差し込む陽光を浴びた銀色のストレートヘアはまるでシルクを束ねたようにサラサラと滑らかだ。縁の細い銀色眼鏡がより一層彼女の知的魅力を際立たせている。
「(はっ! いけない! 僕には姉さんという大切な人がいるんだった!)」
「……君、どうかしたの?」
騎衛瑠は頭を左右に振り、白手の美しさに見惚れていた自分を戒めた。すると、その不可解な行動を見ていた白手が騎衛瑠の立つ扉の方へ歩み寄る。職員室には他に人はいない。残りの教員は入学式の行われている講堂へ行っているのだろう。騎衛瑠はとりあえず一連の動作を止め、
「あ、僕は紫丈騎衛瑠といいます。今日この学校に転校してきたんですが、どこにも誰もいなくて……」
「紫丈君? ……ああ! あなたが! どうりで似ていると思ったわ」
「え?」
「みんなは今大講堂で始業式と入学式をしているわよ」
「え? えっ! そうなんですか?」
「聞いてなかった? 一応ご自宅に今日の案内を送らせてもらったのだけど」
あ……、と一瞬宙を仰いだ。心当たりがありすぎる。
ゲームをやるときも説明書は読まない派だが、せめて転校先からの案内には目を通すべきだった。
「そのー、すみません。読んでなかったです……」
苦笑交じりに上目づかいで白手を見つめる。白手がヒールを履いていることと騎衛瑠自身の背の低さがなせる光景だ。
「まあ、しょうがないわね。どのみちあなたの紹介はホームルームでするわけだし、直接職員室に来てもらえたことは逆に都合がよかったと思いましょう」
「そう言ってもらえると助かります。はは……」
騎衛瑠が軽くお辞儀をすると、思い出したかのように白手が胸の前で手を合わせた。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は白手麗叉。今年は二年五組の担任で、あなたの担任よ。よろしくね」
こんな美人が担任とは世の中捨てたもんじゃないな、という健全な青少年の心の内を白手は知る由もなく、騎衛瑠へ手を差し出し、互いに笑顔で固い握手を交わした。