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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第三章 天才至上主義者『ドラゴンライダー』
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四月一九日①

 四月一九日。午前七時四五分。一階廊下。


 一年生の教室が並ぶ一階の廊下は八時前だとほとんど人気がない。この時間に学校に来ている者たちは主に部活の朝練や委員会活動をするためであり、それぞれが使用する特別教室に出向いている。数少ない通行人も今日行われる授業の予習をしに来ているのであって、一度教室に入るとほとんど出てこない。だから、現時点で廊下にたむろしているのは彼ら二人だけだった。


「それで、どうするぶぅ?」


 小森は左手に朝食のデザートがわりのポテトチップスを抱えたまま、隣で窓枠に片肘をついて外を眺める大森に問いかけた。


「フン! どうするも何も、やるしかないだろ。俺たちはもう後戻りはできないんだ。食堂で話しかけられたときから……、いや、始業式の日のことを見られたときから、俺たちはあいつの掌で踊る運命だったのさ」


 遠くを見る大森の横顔はどこかあきらめているようにも見えた。何をあきらめたのかは小森にすら判断がつかない。


「じゃあ、誰を襲うぶぅ。天才は狙うなって言われたし、さすがに無関係な人を巻き込むのも気が引けるぶぅ」

「フン。そうだな。無灯の野郎を倒すために手に入れた力だっていうのに、天才は襲うなっていうんだからな」

「この力が未完成な力だからぶぅ?」


 大森が知るはずのないことを小森は聞いた。案の定、それについてはわかりきった答えが返ってきた。だが、それに続くのは大森の考える今後の方向性についてだった。


「フン。さあな、あいつらの考えていることなんて俺にはわからない。ただ、無灯に直接復讐できなくともやれることはあるぜ?」

「……どういうことぶぅ?」


 小森の疑問に大森は悪意に満ちた表情で答える。それは権藤によって植えつけられた有機への復讐心から来るものだ。工事中の駅ビルでまざまざと見せつけられた権藤の悪意を忘れるには、別の悪意で塗り替えることしか大森は術を知らなかった。


「あいつには一年の時から仲の良い奴が二人いるらしい。一人は怪我で今は学校に来ていないらしいんだが、もう一人は今日も登校するはずだ」

「それって誰ぶぅ?」

「黒輪絵依。この高等部の生徒会副会長様さ」

「……副会長って結構強いんじゃなかったぶぅ?」


 大森の悪意に対して小森は不安げに言葉を返す。同じ境遇に立たされた大森の変わり様を見せつけられることで、逆に小森は冷静以上に不安を抱えていた。


「フン! せっかくの力なんだ。雑魚の相手をしてもつまらないだろ。無灯の奴に教えてやるのさ。大事

な人が奪われる苦しみってやつをな!」


 二人はその後の話し合いで、さっそく今日の放課後に絵依を襲うことにした。大森は焦っていたのかもしれない。でも、小森にはそれを止めることは出来なかった。

 そして、彼らが早朝の廊下で何かを企てていることを中森は遠くから見ていた。


 ――見ているしかなかった。


 二人は共に中等部を謳歌した中森ですら近寄りがたい空気を発していた。何か良くないことが起きるんじゃないかと。中森の中に不安が込み上げる。

 それは女の勘かもしれなかった。

 心配そうに見つめる中森の眼差しに、大森も小森も気づかない。



◇◆◇◆◇



 四月一九日。午後〇時〇三分。食堂購買。


 有機は生徒がひしめく購買でコロッケパンを手に取った。

 あんぱん。メロンパン。カレーパン。焼きそばパン。有機は日によって違うパンを買うようにして出来るだけ飽きないように心がけている。食堂で食券を購入すれば、和洋様々な料理を食べることもできるが、そもそも食堂で食べることをしないため、その選択肢が有機にはない。


「あった。あと一個だ」


 えさ場に群がる生徒たちをかき分けるように有機は手を伸ばす。その視線と手の先には四角い透明のプラスチックケースに入ったミルクレープが一ピース。有機はこれを食堂で食べるのが恥ずかしいという理由で食券を買わない。聖央学園の購買は有名なケーキ屋やパン屋と提携している。有名店のパンやケーキが市場より低価格で食べられることもあって有機に限らず、昼食はパンと決めているも生徒も多い。そして購買のパンの横にはカットされたケーキが透明のケースに入れられて数多く並んでいる。どれも絶品と評判だが、有機は常にミルクレープ一択。有機にとって欅並木を歩いて登校することとミルクレープを食べることは毎日の日課だ。でも、その日課のミルクレープを手に取ることも久し振りのことだった。最近はとてもミルクレープを食べられるような精神状態ではなかったからだ。


「おーい! ゆうきー!」


 けたたましいくらいの騒音に名前を呼ばれ、有機の手が止まる。


「あ……、表裏さん!」


 声のする方へ視線を移すと人混みの中で頭一つ飛び出している黄金のたてがみが有機の方へ手を振っていた。


「俺のも頼むわ! なんか全然前に進まねぇえんだ」

「わかりました。――あっ!」


 有機が皇と会話をしているその隙をつくように、今日最後のミルクレープが有機の目の前でかすめ取られていった。


――


「いやー、久し振りだな! 元気だったか?」

「ええ、まあ……」


 有機が皇の分もパンを買い終えて合流すると、せっかくだからと一緒に食堂で食べることになった。ミルクレープが手元に無い時点で食堂で食べないという選択肢も消えていた。


「なんだ、歯切れがわりぃじゃねぇか。じゃあ、他の奴らは元気か? まだ文芸部の他の連中とは会ってねぇんだよ」

「みんな元気ですよ。梓部長も相変わらずですし」


 そう言いながら有機はパンと一緒に買ったパックの牛乳にストローを差した。


「そうかそうか。ならいいんだ。じゃあ、元気がないのはお前だけってことだな?」

「いや、今はそれなりに元気ですよ」


 そこに嘘はない。

 現に昨日までの有機はこうして皇と話をすることもままならなかっただろう。夜通し行われた親子喧嘩があったからこそ、こうして久々に会った先輩との再会を喜ぶことが出来る。


「そうか? まあ、ならいいけどよ。オレは詮索するのは好きじゃねえからな。お前が元気だって言うんならそういうことにしといてやるよ」

「ありがとうございます。――それより、そのノートの束はなんですか?」


 有機はテーブルの脇を注視した。それは先ほどまで皇が脇に抱えていたノートの束。テーブルに積み上げられた高さからして三〇冊はくだらない。


「ああ、これはオレに出された課題だよ。正確には出してもらった、だけどな。オレが世界を周っている間に出られなかった授業の分をこうして宿題にしてもらってんだ。提出して、また新しく課題を出してもらってるから、全然ノートが減らねえんだわ! がっはっはっ!」


 すると、皇が視線の端に時計を確認したのか唐突に立ち上がる。


「やべ! そういや、この昼休みの間に先生に提出するんだったぜ。わりい、また部活でな!」

「あ、はい……」


 皇は残ったパンを丸のみし、片手をあげて「じゃあ!」とジェスチャーを交えると、次の瞬間には食堂の出口まで颯爽と駆けていた。


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