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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第1章 始業式――転校生
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通学路――青木海人

『学校法人 聖央学園』


 東京都武蔵野市に位置する小学校から大学までの四つの教育機関を有する総合学園。

 約三〇万平方メートルという広大な敷地に四つの機関を配しているため、学園を出入りする学生の年齢層も幅広い。

 今日、四月八日に関して言えば、始業式と入学式が同時に行われることもあって身だしなみを整えた父兄の姿が目立つ。


 無灯有機はこの聖央学園高等部の二年生。中等部から上がってきた生徒も多いが、彼自身は公立の中学校を卒業し、聖央学園高等部を受験した人間だ。


 有機は入学してからの一年間、校門から続く欅並木を毎朝通ることを日課にしていた。欅並木の先には大学があり、高等部に行くには少し遠回りになるのだか、緑の少ない都内で森林浴のできる機会を有機は大切にしているからだ。


 校門を抜けてすぐの駐輪場に自転車を置くと、少年はいつものように並木道を歩き出す。今日は晴れていることもあり、春の陽気はとても暖かで、春風がそよいでは欅の木々が葉を鳴らし、有機の頬を優しく撫でた。少年の青いバンダナでおさえた黒髪もその度に揺れ動く。


「おい、天才。のんびり散歩か? 優雅だな」


 嘲りまじりに声をかけたのは有機が一年生だったときに知り合った少年。


 ――彼の名は青木海人あおき かいと


 聖央学園高等部二年生。短髪の青い髪がとても爽やかな、いかにも体育会系な好青年である。

 こんな世界で有機のような天才に絡む物好きは少ない。言葉に嘲りが混じるくらいはもはや気にしてもしょうがないと有機は思っている。有機にとって青木は数少ない友人の一人だ。


 青木は並木道で自転車に乗ることを禁止されているにもかかわらず、堂々と徐行運転で有機の隣を進んでいた。これはいつものことなので有機もいちいち自転車のことを注意する気にはならない。


「今日の朝練はないのか?」

「普通、始業式の日に朝練てしないんじゃねえの?」

「それもそうか……」


 青木は陸上部のエースで、部活の休みの日でさえ一〇キロは走るという体力馬鹿である。聖央学園の陸上部はかなり練習が厳しいことで有名だ。入部してすぐに脱落する者も多い。


 欅並木も半分程に差し掛かると、青木は徐行がめんどくさくなったのか、値の張りそうなクロスバイクから降りて片手で自転車を支え、ズボンの右ポケットから折り畳み式の少し型の古い『携帯電話』を取り出した。開くとダイヤルの上についた『D』のボタンを押したのち、四ケタの番号を続けて入力する。


 すると、携帯から控えめに電子アナウンスが流れだした。


通信番号アクセスコード0007 魔法アプリ駐車場パーキング』を起動します】


 携帯の画面が黒く鈍い光を放つ。その中にクロスバイクが粒子状に分解されながら、まるで吸引力の落ちない掃除機が吸い込むような勢いで携帯の中へと消えていく。それをただただ有機が眺めていると、


「お前は取得しないのか? 駐車場の魔法。あるとすごい便利だぜ? どこでも自転車を出し入れできるしさ。ポイントだってそんなに高くないし」と我が物顔で携帯電話を閉じた。


 青木が『魔法』と呼ぶのは携帯電話で取得可能な『アプリケイションツール』のことである。


 ――一五年前、科学者ドレイク・ドラゴンが世界中にばらまいた『パテーマ粒子』には価値観の変革に付随した『ある機能』が備わっていた。


 日本では別名『祖龍子』と呼称され、素粒子と比較されることもしばしばあるのだが、このパテーマ粒子は高度な演算式を利用して干渉すると、物の性質を分子や原子レベルで変換・保存することが出来るという性質を持っていた。難しい話を抜きにすれば、かつてゲームの中や本の中でしかありえなかった摩訶不思議現象が日常生活で使えるようになったというわけだ。


「あいにく、俺は使えるポイントが少なくてね。駐輪場がこの世から消えない限りは節約したい分野の魔法だな」


 パテーマ粒子を魔法として応用するには複雑な計算式が必要になる。そういった複雑な作業は庶民の最も身近なハイテク機械である『携帯電話』の仕事となっている。魔法の取得は携帯電話でのみ可能であり、アプリの購入には『DKポイント』というポイントを使用する。ポイントの貸し借りは一〇年前に施行された通信法で堅く禁止されており、例外的に子供が一〇歳になるまでは、親が子に譲渡することが認められている。


 Dは努力。Kは根性を表す。


 その名の通り、このポイントは個人の努力や根性の発揮によって付加されるポイントだ。

 学校に通っている場合は学校。

 仕事をしている場合は職場。

 ニートの場合は最寄りの通信省の支部に自身の成果を提出することでポイントが与えられる。

 学校や職場での努力や根性の成果はそのままデータとして通信省に送られ、通信省から各個人へポイントが配布される仕組みだ。


 今やDKポイントは金銭を超える価値があると言っても過言ではない。


「まあ、お前天才だもんな。もう少し馬鹿に生まれればよかったのにな」

「はっ! 別に好きで天才に生まれたわけじゃないさ」


 肩をすくめる有機の隣を、青木は背負っていた鞄を右肩にかけなおして歩き出した。


◇◆◇◆◇


 同時刻。欅並木を歩く一人の少年がいた。


 少年のヘッドホンから大音量で流れる九〇年代のアニメソングが周囲に音漏れのレベルを超えてBGMとなっていることに彼自身はまるで気づいていない。欅並木とはまるで無縁な女性声優によるアップテンポな曲である。


 ――少年の名前は紫丈騎衛瑠しじょう きえる


 姉に通信省の五代目大臣を持つ淡い紫髪の少年である。今日からは聖央学園高等部二年生として欅並木を歩くことになる。


「ふーん、パーキングか。良いな、僕もあとであのアプリとろうかな」


 彼の前を歩く二人組の一人が、ちょうど値の張りそうな自転車を携帯に粒子データとして保存しているところだった。それを見て単純に便利そうだな、と騎衛瑠は思い、また、自分が持っていない種類のアプリということもあって関心を惹かれた。


 騎衛瑠の昔からの悪い癖で目に映る物は何でも欲しくなるところがある。それは彼の幼少期の育ち方に起因し、欲しいものは何でも親が買い与えたせいだと、姉の瑠華が両親に迫ったことがある。今朝も出かける際に瑠華からポイントの無駄遣いを注意されたばかりなのを騎衛瑠は思い出した。


 急にバツが悪くなり、歩きながら俯く。歩くスピードも途端に減速し、周囲の生徒にどんどん追い抜かれていく。その彼らと比べると、騎衛瑠は同年代の中では比較的、背が低いことがわかる。顔立ちも幼く、この点は本人も気にしていることだった。


「って、僕の目的はそんなことじゃなかったよ! 姉さんの期待に応えなくちゃ!」


 ヘッドホンから流れる大音量のせいか、彼自身の声も自然と大きくなる。具体的な目的まで独り言として喋らなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 俯いていたと思ったらいきなり空を仰いで胸の前で力強く拳を握る騎衛瑠という名の少年。彼の周囲で笑いが起こっていることも、姉への盲目な愛と大音量のアニメソングのせいで騎衛瑠には届かなかった。


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