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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第三章 天才至上主義者『ドラゴンライダー』
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武者小路撫子による解析結果報告会

「おい! 聞いとんのか?」

「え? ああ、ごめん。聞いてなかった……」

「駄目や……。こいつ使い物にならん」


 四月一八日。放課後。


 武者小路と有機は騎衛瑠の自宅へと赴いた。

 紫丈邸は世田谷区の閑静な住宅街の一角にあった。三角屋根で白塗りの一軒家。最もポピュラーな一軒家と言ってもいい紫丈邸は、周囲の家並みに完全に溶け込んでいた。周りの家並みは豪華絢爛を地でいくものばかりで、その中に溶け込んでいる紫丈邸も実際は全く普通ではなかった。


「すごいだろ? これ税金なんだぜ? ははは」と、騎衛瑠が二人に簡単な説明をする。

 武者小路は元々関西のお嬢様なので、紫丈邸やその周囲の家々を見ても特に驚くことは無かった。有機に至っては心ここにあらずの状態で景色など頭に入っていないようだ。


 紫丈邸に入るとモデルルームのような広いリビングに有機と武者小路は案内され、リビングでは一人の女性が三人の到着を待っていた。瑠華が三人に気がついてソファーから立ち上がる。


「よく来てくれましたね。本当なら霞が関へ来てもらいたかったのだけど、事件が解決するまでは二人を

通信省に近づけない方が良いと思ったの。だから今日はあくまで弟のお友達としてここに来てもらいました」

「確かに社会科見学以外で高校生が霞が関っていうのもおかしいな。でも大臣の自宅はもっとおかしいんとちゃうか?」

「大丈夫。ここは騎衛瑠を聖央学園に転入させるために借りた家なの。私と騎衛瑠の住所が同じだと聖央学園の転入審査に通らないからね。だからここは私の家ではないわ。実家と地下で繋がっているからこの家に私が入ったところも外から見られていないし心配しないで」

「そうか。でも、大臣は聖央出身やろ? よく騙せたな。紫丈なんて名字、そんなに多くは無いやろ」

「そこはまあ、白手のおかげね」


 瑠華の視線が武者小路から有機の方へと移る。その瑠華の表情を察した武者小路が、


「……もう三日間。ずっとこんな感じや……。まるで使い物にならん。解析だってほとんどウチがやったんやから」と肩を落とす。

「そうなの……。一応私も話には聞いていたのだけど……」

「まさか無灯の友達が事件に巻き込まれるとはね、僕も思わなかったよ」


 騎衛瑠や瑠華、武者小路の視線を集めている有機は、それだけの視線にさらされても全くと言っていいほど反応がない。有機の目はまるで死んだ魚のように生気を失っていた。瞳は淀んでいてもはや何も映してはいない。


 有機が青木の事故を知ったのはその翌日だった。朝のホームルームで白手教諭が悲痛な面持ちで生徒たちに青木の状況を聞かせた。青木は重傷らしく、近くの大学病院に入院中である。

 有機は自分を責めた。


 自分には何か出来たんじゃないか……。


 あの日、自分がもっと強く言っていれば、青木は魔法を使わなかったかもしれない。あそこで青木の背中に何か言えていれば、最悪の事態は避けられたかもしれない。

 青木の事故を知ってから、有機の頭の中ではあの日の出来事が繰り返し思い出されていた。それはまるで壊れた映像機械のように常にその日だけをリピートで流し続けている。


「とにかく、今日は大臣に知らせなアカンことがあんねん。とりあえず、無灯は放置して話を進めるで」

「……わかりました。では、まずはお話を聞きしましょう」


 瑠華は有機の状態が気になっていたが、渋々ソファーに腰を掛ける。国での彼女の立場が瑠華を無理やり仕事モードへと切り替えさせた。

 白いソファーは黒のサイドテーブルを挟んで二つ。有機と並んで武者小路が座り、向き合う形で瑠華と騎衛瑠が座る。武者小路が学生鞄から紙束を取り出し、全員に配る。有機の分はサイドテーブルに置いた。


「無灯が確保したアプリのデータからわかったことは二つある。まず一つはどこかから起動のタイミングで操作されたという形跡がなかったこと。事故はアプリ本体に問題があったことがわかったんや。ただ、どの職人が手掛けたアプリが事故を引き起こすのかはわからん。なんせサンプルが少なすぎる。たまたまこのアプリに問題があったのか、このアプリの職人が関与したものはすべて問題があったのか、それがわからんねん」

「でも、とりあえず、その職人が関わった物は使用中止にするべきじゃないか?」

「もちろんそれに関しては手を打ってあるわ。すでに市場でダウンロードすることは不可能よ。でも、ダウンロードされてしまったアプリに関しては私たちではどうすることもできない。出来るのはメディアを通して呼びかけることくらいね」


 騎衛瑠の発言に瑠華が現状を伝える。実際、瑠華の対応が早かったためか、青木の事故以来関連していそうな事故は二、三件ほどしか起こっていない。

 その事実が逆に有機を追い込んでいた。もっと早く報道があったら青木は助かったかもしれない。もっと早くサンプルの解析をしていたら……。有機の頭の中を『もしかしたら』という現実逃避が支配していた。


「二つ目は一つ目に絡んでくるんやけど、アプリが暴走するには何かスイッチのようなものがあるんやないか、ということ」

「スイッチ?」騎衛瑠が首をかしげる。

「言ってみれば、暴走の起爆スイッチてことや。これはあくまで推測だけど、事故にあった人間をランダムに抽出してサンプリングした結果、わかったことが一つあんねん」

「日付ね」瑠華が答えた。


 武者小路に事故者のデータを渡したのは他ならぬ彼女だ。データを渡す時点で瑠華自身も当然そのデータに目を通していた。本来なら通信省外部の人間に個人情報を渡すというのは大問題だが、瑠華は事件を解決するためには必要なことだと判断した。今回の事件は、すでに瑠華の進退に影響を及ぼすほどに発展していた。


「そうや。事件は月末か、月の真ん中。具体的に言えば一五日の正午以降に起こっている」

「正午?」


 騎衛瑠がまたまた首をかしげる。


「ええ、月末に関しても三〇日で終わる月は三〇日の正午以降。三一日まである日はその日の正午以降に起こっているわ」


 瑠華が騎衛瑠の横から補足説明する。


「その通りや。騎衛瑠、あんたこの意味が分かるか?」

「……ごめん、さっぱり。ははっ……」


 騎衛瑠は恥ずかしくて頭をかいたが、武者小路はそこで溜息などつかずに話を進めていく。

 それこそが今回の事件の核心であるかのように、眼鏡越しの彼女の目が鋭く光った。


「ポイントの発効日。正午はポイントが通信省から個人へ送信される時間や」


 DKポイントはことあるごとに通信省から送られるわけではない。

 業務の簡素化を行うため、ポイントの発行は月に二回と決められていた。


 ――それが毎月一五日の正午と月末の正午。


 前月末日から一四日の日付変更までのポイントが一五日に支給され、一五日から末日へ日付が変わるまでのポイントが末日に付与される。

 これはもはやこの世界における一般常識である。


「じゃあ、ポイントが暴走に関係しているのか?」

「そうや。この暴走アプリの所有者、名前は中森っていうんやけど、彼女は一五日の正午で八四ポイントを取得している。その時点での所持ポイントは一〇一七」

「一〇一七? それってすごいじゃん!」

「確かにすごいわね、通信省の統計だと月の平均取得ポイントは一〇〇前後。そして使用ポイントの平均は月八〇ポイントよ。半月でそれだけのポイントを取得するなんて彼女は相当の努力家なのね」

「まあ、今月の一年生は実力テストがあったから普段の月よりもポイントを稼ぎやすかったかもしれへんけどな。ただ、通信省の平均で言ってしまえば、取得ポイントと使用ポイントの差は二〇ポイント。単純に一〇〇〇貯めよう思ったら、ざっと四年はかかる計算や」

「その中森さんていう子は真面目な頑張り屋さんなのね」

(そんなに真面目そうには見えないけど……)

(そんなに真面目そうには見えないんやけどな……)


 騎衛瑠も武者小路も有機を襲撃する中森の姿を見ている。だからこそ、中森の所持ポイントを知った時の武者小路はかなり驚いた。武者小路は中森のポイントを確認するために本人のところへ直接出向いていた。自分のポイントを公表することは誰しも嫌がることだが、恩人の頼みとあって、中森は快くポイントを武者小路に開示した。


「ウチももっと早く気付くべきやった。魔法関連の事件やのに被害者の所持ポイントの確認を怠るなんてな。調べた結果、ウチの推測が正しければ、狙われているのは超のつく努力家たちや。無灯の友達も学園じゃ有名な努力家だった」

「つまり武者小路さんは所持ポイントが一〇〇〇を超えた時。それが暴走の起爆スイッチの可能性が高いと言いたいのね?」

「そうや。これだと普段使っていた魔法が急に暴走することに説明がつく。逆にこの推測が正しかった場合は、すでに二〇〇人近くの努力家が被害にあったっちゅうことになるんやけどな……」

「こんなことする連中なんて……」


 騎衛瑠はその先を言わなかった。いや、言えなかった。

 それは目の前の武者小路と有機に配慮してのことだ。騎衛瑠はいまだに二人を犯人扱いしてしまったことを気に病んでいたからだ。


「ウチの口からは言いにくいんやけど、これは天才によって起こされた可能性が高い」


 騎衛瑠のつまった先を武者小路が継いだ。


「これだけの規模よ、単独犯とは考えにくいわね……」

「姉さん、やっぱりあいつらが絡んでいるのかな」


 四人の周囲を重苦しい空気が漂う。

 すると、有機がおもむろに手を伸ばし、サイドテーブルに置かれたレポートをめくる。

 今まで微動だにしなかった有機の行動に残りの三人の視線が集中した。

 そして有機は呟く。あらゆる負の感情をのせて。その言葉と同時に顔を歪めレポートを握りつぶした。


「ドラゴンライダー……」


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