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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第2章 学園に忍び寄る影
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桜並木 前編

 聖央学園 桜並木。


 大学敷地内から続く欅並木の終点から始まり、高等部・中等部の敷地内を通る並木道。今年は例年に比べ桜の開花が早かったためか、入学式の時点ですでに桜が散り始めていた。四月の中旬にもなると多くの花は散り、遊歩道の至る所に花びらが山積している。休日に降った雨の影響もあるだろう。


 有機は一人で歩道に落ちた桜の花びらを竹箒でかき集めていた。そこまで長い並木道ではないが一人でやるにはかなり時間のかかる作業である。

 桜の花びらっていうのは散ってしまうと、どうしてこんなにも変わってしまうのだろうか……。

 卒業生を送り、新入生を迎え入れた桜の花びらも、散ってしまえば美しさのかけらもない。

 散り際も儚く美しいが、地に着いた後は人々に踏まれ、相手にもされず、

 その姿を見るも無残に変えてしまう。

 幹の方も新たな葉をつけ、来年の春にまた美しい花をつけるために準備を始める。

 ――誰も散った後の桜の花のことなど気にもかけない。

 などと思考が完全に文芸部的発想にとらわれている事実に気づきもしない有機は、一人哀愁に浸りながら作業の手を止め、風になびく桜の木々を眺めていた。

 彼の足元では苦労して集めた桜の花があちこちへ四散していく。


 ふと有機が木々から少し視線をおとす。そこには赤い髪を縦に巻いて両の肩口から垂らした少女がいた。少女もまた木々を見つめ、何か物思いにふけりながら有機の方へ向かって歩いていた。髪をかき上げるしぐさにはどこか儚さがあり、愁いを帯びた茶のかかった瞳はどこか遠くを見ているようでもある。雰囲気はどこかのお嬢様のようで、その容姿も他人が無視できるようなものではなかったが、有機はその美しさや気品のある雰囲気などはもはやどうでもよかった。


「マジかよ……」


 始業式の日。名前も名乗らず襲撃してきた三人組。その中心にいた少女こそが、今、有機の目の前にいる少女なのだ。襲撃時との雰囲気の違いから有機自身も最初は気付かなかったが、印象的な赤い縦ロールの髪は数日前の出来事のためしっかりと覚えていた。胸元のリボンも一年生を表す深緑。間違えるはずがない。

 有機はとっさに腰を低くし、視線を歩道に下げ、黙々と作業を再開した。しかし、そそくさとした不自然なしぐさが逆に少女の関心をひいてしまい、有機の青いバンダナが少女の瞳に映った。


「あ、あ……あんたは……!」


 中森は思わず一歩後ずさり、語尾をうわずる独特の口調も抜け落ちるほど驚いた。もともと個性を出すためにしていたことで、優等生風な大森と肥満児の小森がいないところでは普通に話すこともしばしばあるのだが。


「あ、あははは……」


 やべ、ばれた……、と思いながらも愛想笑いを浮かべ、箒を持っていない左の手を頭に置いて「どうも」と軽く会釈をした。

 実際、男子二人のことはぶっ飛ばしたが、彼女の攻撃はあの場で避けただけで、彼女自身には何も危害を加えていないのだが……、それでも怯えた彼女の表情は今でも脳裏に焼きついていた。

 中森は慌てたようにバックからストラップのたくさんついた赤い携帯を取り出す。そしてすぐさまコードを入力していく。戦うつもりはないらしく、有機に背を向けて逃げるような姿勢になっていた。


【通信番号0004 魔法『駐車場パーキング』を起動しま……しま……ガガガッ!】


「……あれ?」


 有機に背を向けたまま中森が立ち止まり首をかしげた。有機の場所からでは携帯から発する電子音声をはっきりと聞き取ることは出来ない。その動作からアプリを起動したということだけがわかる程度だった。だが、異変はすぐに有機も知るところとなる。


「こ、これは……」

「ちょっと! なによこれ! どうなってるの?」


 中森の持つ携帯の液晶から彼女の物であろう黒い自転車が現れた。


 ――そこまではよかった。


 魔法はそこで止まらず、黒光りする携帯の液晶モニターから次々に同じ型の自転車を出現させ続ける。

 カタンッ! とプラスチック製の携帯カバーが地面を叩く乾いた音。

 中森の携帯が桜の並木道に落下し、携帯の液晶画面の発する漆黒の闇からは絶えず自転車が増殖を続け、巨大な黒いモニュメントとなった自転車の群れは中森まで覆い尽くす勢いで肥大化していく。


「これがアプリの暴走……。くそっ! 間に合え!」


【通信番号0003 魔法『人魚捕縛シレーナ・コヘール』を起動します】


 有機の持つ携帯が青い光を放つ。

 箒を投げ捨て、中森に向かって走り出した有機は右手を少女めがけて振り抜いた。

 有機の右手五本の指先から水の糸が放出され、蜘蛛の巣状に網を形成すると放物線を描いて中森を絡め取る。

 有機はそこで一度足を止め足腰低く重心をとると、思い切り右手を手前に引いた。

 伸縮自在の水の網は中森をそのまま有機のもとへと運び、有機は携帯を持った左腕で中森をしっかりと抱きとめると水の網はそこで消失した。

 直後、中森が一瞬前までいた場所が自転車の集合体によって呑みこまれる。


「あ、あぁ……」


 あと一歩遅かったら……、そう考えると中森を言い知れない恐怖が襲う。


「……大丈夫か?」

「え?」

「怪我はないか? その……強引に引っ張ったから……」


 有機は左腕に抱えた中森を見下ろす。思いのほか両者の顔の距離が近い。中森は思いがけない気遣いの言葉と距離に戸惑いながらも、抱きかかえられた状況をようやく理解して慌てて有機を突っぱねるように距離を取った。


「大丈夫……特に怪我とかは……ない……」それだけ言うのが精いっぱいだった。

「そうか。とっさだったからそこまでうまく操れなかったんだけど……よかった」

(なんで? 私はあなたから逃げようとしたのに……どうして私の心配なんかするの?)


 中森はさらに困惑した。

 目の前の天才は一体何を考えているのだと。

 所詮、天才の考えることなど凡人には理解できないのかと。


 有機は少女から暴走中の巨大モニュメントへ視線を移し、まっすぐに見据えると、おもむろに左手で携帯を操作した。

 電子音声と共に右手を目が眩むほどの白い光が包み、

 直後、白銀のガントレットが顕現した。

 それは中森たち三人を一蹴した閃光の右腕。


「ちょっと……なにをするの?」

「あれを止める。あのまま増殖を許したら被害がでる。先生たちを呼んでいる暇はない」


 それに先生たちを呼んだところでこの状況に対処できる奴なんて限られている、という言葉はギリギリのところで飲み込んだ。それほどに事態が切迫していることをここで言うのは余計に少女を不安にさせるだけだ。


「そ、そんな……じゃあ壊すの?」


 有機は中森を見た。ひどく当惑しているように有機には映った。連日報道されている魔法の暴走事故は携帯電話を直接破壊することでその場を終息させている。だが、携帯を壊すとそれまで培ったDKポイントや魔法は全て失うことになる。今までの努力や評価が水の泡になるのだから当惑するのは無理もない事だった。

 魔法が重要視されるこの世界で携帯電話は一人一台と決められている。仕事で二台持つ者は二台目に電話とネット専用のプリペイド型を使用する。

 ゆえに魔法専用の携帯電話は替えがきかない。

 機種変更や買い替えの際にはそれまでに使用していた携帯との交換が義務付けされるし、住民票も必要とする。

 言ってしまえば魔法用携帯電話は『外付けの自分自身』と言っても言い過ぎではない。

 携帯を壊されるということは身を切ることと同じだ。

 だからこそ、こんな事態になっていても中森の表情はあきらめきれない顔になる。


「あの携帯電話はどこのキャリア?」

「え?」唐突な質問に中森が言葉に詰まる。

「いいから。重要なことなんだ。どこの?」

「イツモだけど……」

「そうか……なら何とかなるかもしれない」

「ほ、ほんとに?」中森の顔が少しだけ晴れる。

「言っとくけど、あまり期待はしないでくれ。『努力』はする」


 言った直後、自分にはあまりにも不釣り合いな言葉だと笑いが込み上げてきたが、目の前の少女には不謹慎なのでぐっとこらえた。

 

(努力ね……。まあ、たまにはいいか……)


 と意味の分からない納得をしながらも、有機の目は一層真剣みを帯びる。


「よし!」


 有機は気合を入れなおすと、まるで悪魔のようにそびえ立つ自転車のモニュメントへと全力で駆けだし、有機の右腕、トゥウィンクル・ライトが唸りをあげた。

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