プロローグ②――無灯有機
東京都武蔵野市の朝。
「なーんか最近、物騒だよなぁ」
窓から差し込む朝の木漏れ日は心地よく、小鳥のさえずりも理想的な朝の時間を演出するために一役かっている。リビングで牛乳を飲む少年は、朝のニュース番組で原稿を読み上げるアナウンサーの谷間を眺めながらぼそりと呟いた。
清楚なイメージをウリにしているはずの女性アナウンサーの服装は胸の谷間を露骨に強調していて、確かに物騒と言っても間違いではない。
「物騒って言ったって事故なんだから仕方ないじゃない。魔法の暴走なんて今に始まったことじゃ――ったく、あんたは朝から母親の前で鼻の下伸ばして馬鹿じゃないの?」
少年の母親は艶のある黒髪をポニーテールにし、エプロン姿でキッチンからバナナを持ってきた。ニュースの内容への感想でないとわかると、母親は呆れたようにため息をついた。
一〇代のころは若者向けの女性雑誌でモデルをやっていたこともあり、容姿は申し分ない。
専属モデルにならないかという話もいくつかあったが、少年の父親と若くして結婚したため、今は主婦に落ち着いている。スーパーのレジ打ちをやっていた時期もあったが、彼女のレジだけ一時間待ちというテーマパークのアトラクション顔負けの事態を引き起こし、三日で退職せざるをえなかった。
今もそのスーパーでは『人がゴミのようだった』と有名アニメの名言を使って伝説のように語られている。
現在は趣味の手芸が高じてインターネット上で製作したマスコットなどを販売したりしている。家の中は母親の作った大小様々なファンシーキャラクターが所狭しと飾られている。
ゆえに、少年は恥ずかしくて友達を家に呼んだことがない。
「あ? 俺は馬鹿じゃないよ」
「そんなことは知ってるわよ。けどね、そういうこと言ってんじゃないの!」
少年は平然と言ってのけ、母親もそれを認める。
ただの親バカだ。
と、一概にいうことはできない。
「まあ、それはわかるけどね」
少年は黒いティーシャツの上から羽織っているワイシャツのボタンをとめながら母親との問答に対応する。テレビ画面の右上に表示されたデジタル時計がちょうど八時を示す。学校が近いとはいえ、そろそろ家を出なければ間に合わない時間だ。
「あんまり母親をからかうもんじゃないわよ? ほらバナナ食べなさい。エネルギーの吸収もはやくて、糖分は頭の働きに良いらしいわよ」
「どこぞの通販かよ。わるいけど時間がないんだ。それに俺の頭は充分過ぎるほど絶好調さ」
少年はボサボサの黒髪を彼のトレードマークである青いバンダナでカチューシャのように簡単にまとめ上げると、隣に置いた学生鞄と紺色のブレザーをひったくって玄関へ向かった。
――彼の名前は無灯有機。
名前の響きこそ似ているが、首から黄金のパズルをぶら下げてはいないし、ましてや古の王の人格を宿していたりもしない。
どこぞの街でカードゲームにいそしんだり、その結果、『決闘王』などと呼ばれてもいない。
――ただ、
彼は容姿端麗で頭脳明晰。
おまけに身体能力だって人並み以上と非の打ちどころがない。
もしかしたら古の王よりも優れているかもしれない。
結論、無灯有機は『天才』である。
だが、彼のような人間が持て囃される時代は一五年前に終わりを告げていたのだった。