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ジーニアス ―白銀のガントレット―  作者: 出金伝票
第1章 始業式――転校生
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文芸部、部室③――権藤虎児

「あれ? 権藤先生が部室棟にいらっしゃるなんて珍しいですね。部室棟へ何か御用ですか?」


 部室棟一階の自販機前で絵依は思いがけない人物に遭遇した。


 ――権藤虎児ごんどう とらじ


 聖王学園高等部三学年担当教師。科目は古典。

 虎というよりは熊に近い風貌の大男で、学園の問題児達も権藤が近づく足音で戦慄するという。スーツに身を包み校内を巡回する姿は国が送り込んだエージェントではないかと生徒の間で噂になるほどだ。体格だけでなく、魔法を行使する問題児達を素手で制圧するだけの実力も有し、生徒会を担当していることでもその名は生徒たちに知られている。現会長である黄崎が就任後は権藤と生徒会の二人三脚により高等部でのトラブルの件数は初等部・中等部・高等部・大学の四つの中で最も低いものになっていた。


「なに、ただの見回りだ。春は馬鹿をするやつが多いからな。新入生が入ってきたこの時期は学園の風紀を守る上で大事な時期なのだよ」

「なるほど、そういうことでしたか。お疲れ様です」


 絵依が深々と首を垂れると権藤も笑顔で大きな相槌を打った。


「そういえば、君の方こそ、ここで何をしているんだ? 先ほど生徒会室に寄ったが、君以外の四人はもう揃っていたぞ?」

「あ、それは……明日、宿題テストがあるので部室で勉強を……。最終下校時刻には生徒会室に顔を出そうと思っています。新学期初日ですし……」

「ふむ、宿題テストか。それは頑張りなさい。応援しているよ」


 今日、部室についてから一度も勉強をしていないという事実が絵依をいたたまれない気持ちにさせたが、権藤は黒輪のことを信頼しているようで、満面の笑みを浮かべた。

 熊のような風貌も今だけはテディベアのように可愛らしくなる。生徒の中にはこの笑顔に恐怖し逃げ出す者も少なからずいる。


◇◆◇◆◇


「ふう……。ところで紫丈君はどこの携帯を使っているのかな?」


 絵依の持ってきたキンキンに冷えたお茶をがぶ飲みすると、ようやく元の東宝院梓が帰ってきた。武者小路が「短い平和やったな……」と呟いていたのを聞いたが、有機にはどうすることも出来ずに、「はは……」と苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 ――何処の携帯を使っているか、という話題は魔法全盛のこの時代で「君、血液型何型?」と同じくらいポピュラーな話題である。だから、とりあえず気分を変えたい梓が思いつきで口にするのは自然な流れだった。


「僕は『Hardbankハードバンク』を使ってますよ」


 騎衛瑠が答え、ブレザーのポケットから有機と同様のタッチパネル式の黒い携帯電話を取り出す。本人の見かけとは真逆の可愛らしさのかけらもない、ビジネス使用のシンプルすぎるデザインだ。


「アタイとそこの撫子は『buビーユー』だ。しかし、ハードバンクとは珍しいな」

「確かにビーユーの方が使いやすいですよね! 電波も良いし魔法を使う分にも特に困りませんし!」

「そうなんだよ! 最近の携帯は声紋認証だとか指紋認証やら繊細な機能が多すぎて困る! アタイは自慢じゃないが機械いじりはあまり得意じゃないんだ」

「仕方ないですよ。そういった細かい認証がないと、他人に自分の携帯を使われるかもしれないじゃないですか。魔法がある以上必要な機能だと思いますよ? それにビーユーにも当たり前のように付いている機能ですよね」


 梓が自身の青い携帯を手に持って難しそうな顔色を浮かべているところへ絵依が諭すように話しかける。ふいに絵依の視界に武者小路が映った。眼鏡におさげの少女は自分の世界に没頭していた。自分も見習おうと絵依は会話の邪魔をしないように静かに床に置いた鞄から勉強道具を取り出して机の上に並べだす。


「無灯君と黒輪さんは?」と騎衛瑠。

「俺たちは『itsumoイツモ』を使ってる」勉強支度を始めた黒輪の代わりに有機が答えた。

「じゃあ、僕と同じ『Hardbankハードバンク』を使っている人はこの部にはいないんですね」

「いいや、いるぞ? 今はいないが、アイツは確かハードバンクだったと思うなあ。今はどこ行ってるんだっけ?」

「表裏さんならマチュピチュを観に行くって言っていたと思いますけど。まだ帰ってきてないんですか?」

「マチュピチュ?」


 騎衛瑠は思わず有機の言葉を反復した。


「そうそう! 表裏は『百聞は一見にしかず』だ! ってそればかりの男でなあ。書きたい話があると取材といってあちこちを駆けまわる奴なんだ。今は世界遺産を舞台にした話が書きたいらしくて休みがあれば世界を駆けずり回っているよ。いやー、実に愉快な奴だ! あっはっはっは!」


 ――皇表裏すめらぎ ひょうり


 聖央学園高等部三年生。現在、部室にはいないもう一人の文芸部員。

 取材と称して日本だけでなく世界を渡る旅人である。また、彼は一部では『アジアの英雄』と呼ばれ、たまたま出くわした紛争を終結させてしまうことがあるらしい。文芸部員たちも皇の土産話を聞くたびに、ついでに解決したという紛争の話がニュースで取り上げられていたりして何度も驚いた。

「そんなにすごい人がいるんですね……」

「始業式までには戻ると言っていたんだけどな。まったく、どこにいるんだか! あっはっはっは!」

「梓部長、そこ笑うとこじゃないでしょう……」と呆れ気味に有機が対応する。


 梓は絵依が勉強モードに入ろうとしていたり、撫子もさっきからまるで相手にしてくれなくなったりと周りの状況を判断し、


「よし! アタイは先に帰るわ。今更だがお邪魔のようだからな! あっはっはっは!」

「すいません、梓さん、明日のテストが無かったら、もっとお話しできるんですが……」

「やめんかボケ。それ以上言うと部長はんがつけあがる。ほんで、ここはしゃべくり倶楽部とちゃうで?」

「うっ、ごめんなさい」

「ええでええで! 気にすんなや! あっはっはっは!」

「真似せんでもらえますか?」

「いやー、方言てうつるんだな。マジびっくり!」

「梓部長……これ以上、こいつを怒らせないでください……」

「おっと! そうだな! では皆の者! さらばだ!」


 梓はまったく悪びれる様子もなく鞄とブレザーを肩にかけると颯爽と部室を立ち去った。

 まるで嵐のような人だと有機は思う。突然現れ、周りを巻き込んだと思ったら何事もなかったかのようにいなくなる。


 有機が梓に出逢ったのは一年前。

 彼女は唐突に有機の上へ舞い降りた。そして、有機は巻き込まれたのだ。この文芸部に。


「じゃあ、僕も帰るよ。勉強や読書の邪魔をしちゃ悪いからね」

「お、おう。そうか。気をつけろよ」

「うん。ありがとう!」


 部室の三人に向けて無邪気に笑うと騎衛瑠は梓の後を追うように部室から出ていく。三人が残された部室で冷蔵庫の小さな駆動音だけがやけに浮いて聞こえた。


「ねえ、紫丈君は何しに来たの?」

「さあ……、俺にもよくわからない」


 午後五時半。最終下校時刻。


「ごめん、ちょっと生徒会室よってくるから二人は先に帰ってて!」


 絵依は手早く勉強道具を片づけると慌ただしく部室を出ていった。

 生徒会の人間が校内を走ってどうする。と有機が呆れていると、さっさと帰り支度を済ませた武者小路が、


「ほら、さっさって出なさい。ウチが管理室まで鍵を返しに行かなきゃならんのやから。あんたが返しに行ってくれるんなら別やけど」と、怜悧な口調で退出を促す。

「わりい、すぐでる」



 有機が部室を出て武者小路が鍵をかける。だが、武者小路はそこから中々動こうとしない。


「ん? どうしたんだ? 帰らないのか?」不思議に思った有機が声をかけた。

「さっきの子……」

「何?」


 武者小路があまりにも小さな声で扉に向かって話すので有機は何を言っているのか、はっきりと聞き取ることができなかった。すると、武者小路が聞き返した有機の方へ振り向き、互いの肩と肩が接するほどに接近すると耳元でこう囁いた。


「あの転校生、用心した方がええ……。あれはただもんとちゃう。苗字も気になるしな」

「……苗字って、紫丈か? まさかあの大臣の血縁者?」

「そう思わせるのがやつの狙いかもしれへん。今は余計な詮索をせんと様子見したほうがええやろ」

「様子見ね……。なんかひと波乱ありそうだな。ったく、めんどくせえ」

「通信省が事件として本格的に動きよってからもう一月以上も経つんや。何かが起こるには遅すぎるくらいやろ。ほんなら、注意はしたったで?」


 武者小路はすぐに有機と距離をとると、踵を返してその場を後にした。


「鞄は教室か……」


 武者小路を見送り、有機は溜息をつきながら教室へと進路をとった。



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