文芸部、部室①ーー梓と撫子
「どうしてあんな言い方しちゃうんだろ……」
文化部部室棟三階。文芸部。
入口から向かって右の壁には棚に資料集や参考書が並び、窓際には冷蔵庫とその上に電子レンジ。左側は同じく木製の棚が設置され、そこに六台のノートパソコンが並ぶ。棚の上には六つのスマホ・携帯電話用充電ボックスが設置してある。部屋の中央には折り畳み式の長机が四つ繋げてあり、絵依はパイプ椅子に深々と腰を掛けると、机に片肘をつき、その手に頬を乗せていた。
「アンタ、いったいどんな言い方をしたんだい?」
「へ?」
いきなり声をかけられて絵依は飛び上がるほど驚いた。そして実際に飛び上がってしまったがゆえに、勢い余って膝を机に打ちつけて机がぐらりと揺れた。
「いったぁ……」
あまりの痛さに絵依が両膝を擦っていると、「そんなに驚くことはないんじゃないか?」と声の主はやや呆れたように笑みを浮かべた。
「私、声に出してました?」
「ああ、はっきりと」
――東宝院梓。
聖央学園高等部三年生。文芸部部長。
『とにかくすべてがでかい』
彼女のことを聞けば、そう答える者は決して少なくない。
背も高ければ、胸も大きいし、尻もでかい。何より人としての器がでかいと口をそろえて答えるだろう。濃紺に染め上げたショートカットの髪は彼女の快活さを見事に表現しているといえるし、その高身長のためかバスケ部やバレー部から引き抜きの誘いが絶えない。無論、運動は彼女の得意分野である。
梓は両腕を組み、パイプ椅子から足を投げ出して机の上に靴下のまま乗せている。その見事な脚線美の先、必要以上に短いスカートの奥が絵依の位置からだと見えそうで見えないもどかしい状況を作り出しているが、絵依は女子なのであまり気にするところではない。
「すいません。梓さん、忘れてください」
「なんだ、水臭いな。どうせ有機のことだろう?」
梓はその姿勢に飽きたのか、話しながら足を机からどかして上履きを履くと窓の方へ歩いていく。
「ど、どうせってなんですか! 私、有機のことだなんて一言も――」
「違うのかい?」
不意に梓に視線を向けられた絵依はおもわずドキッとした。梓の漆黒の瞳は何もかもを飲み込んでしまいそうな深遠な魅力を内包していて、見つめられると全てを見透かされているような錯覚を覚える。
「……違わないです」
「あっはっはっは! 恋する乙女だな! 実に結構なことだ! いいぞいいぞ! 恋は良い! 恋は人を
大きくする!」
梓は窓の外を向きながら両手を腰に当てて豪快に笑う。
周囲からもよく言われることだが、とても『文芸部』の部長とは思えない性格と容姿である。
「部長。あと黒輪さん。もうちびっと静かにしてもらえまへんか? 読書の邪魔や」
「あ、ごめんなさい……」
――武者小路撫子。
聖央学園高等部二年生。三つ編みにした黒髪を両肩から下げ、丸メガネをかけた彼女は典型的な文芸部員。関西では有名な旧家の出身だが、現在は家の都合により聖央学園に通っている。長机の端で分厚い本に目を通している彼女を見ればここが何部であるかを当てることはさほど難しいことではない。
ただ、アメリカ人の祖父をもつ金髪美少女や文芸部員とは思えない奔放な部長の所為で、時々、武者小路本人でさえ自分が文芸部員であることを忘れてしまうことがある。
「おお! すまなかったな撫子。ここが文芸部だということを忘れていたよ。あっはっはっは!」
「部長のあんさんがそれを言ったらおしまいや……」
武者小路はあくまで冷静かつ冷酷に、本から視線を動かすことなくそう答えた。
「(冷静と情熱の間っていうのは私のこの立ち位置かもしれない……)」
などと、二人のやり取りを見ながら絵依は毎回のように考える。
あっはっは! と梓は武者小路の言葉をいつものようにはぐらかし、勢いよく窓を開け放った。午後の陽光が差し込む文芸部の部室に四月の風が吹き込み、生徒たちの喧騒も文芸部まで届いた。梓は三階からの眺めに満足したのか、目を細めうっすらと笑った。
「青春だねぇ……」




