プロローグ①――紫丈瑠華
また書き始めたいなと思い、とりあえず過去に別名義で書いていたものを載せました。
第一部が終わるまでは毎日更新したいなと思っています。
「あなたはどう思いますか? 天才が虐げられ、努力と根性論が闊歩するこの世界を」
問いかけた彼女の名は紫丈瑠華。
歳は二六歳。三年前に民間から登用された通信省の五代目大臣である。
大臣席背後の窓際に立ち、コンクリートジャングルを眺める彼女の横顔は国を背負うにしてはあまりにも幼い。
いや、見た目について言えば窓に映る彼女は切れ長の目が映える整った顔立ちで万人を惹きつける美しさと大人の色香を漂わせている。
一時はそのルックスから『美しすぎる大臣』としてメディアでも騒がれたほどだ。
東京都千代田区南部 霞が関。
隣接する永田町と並び日本の国家中枢機能が集まる町。
『通信省』は一〇年前に総務省から業務の肥大化を理由に独立した組織である。
現在は総務省が入る中央合同庁舎第二号館に入居している。
場所は十七階。通信省大臣室。
国家の行政の一翼を担う人物の部屋としてはあまりにも質素で無機質な内装。
総務省からのおさがりである来客用のソファーに大臣用の机、無駄にふかふかとした黒塗りのオフィスチェアが明らかに部屋の中で異質な存在感を放っていた。
「どうと言われましても、良いんじゃないでしょうか。努力することは良いことでしょう。根性論も基本的には好きですよ。まあ、上司の無茶振りは嫌いですけどね」
窓に反射する上司の姿に若い部下の男は愛想笑いを浮かべて答えた。
官僚たちの計らいで、彼女への報告等は瑠華と歳の変わらない若手が使いに出されることが多い。
――というのは建前で、実際は背の高い彼女と向かい合って見下ろされるのが勤続年数の長いベテラン官僚には少々耐えがたいという本音がある。
「天才のくだりには触れもしないのですね……」
「え? 何かおっしゃいましたか?」
瑠華の呟きを聞き取れず、部下が慌てて机の前まで歩み寄るが、瑠華が窓から向きを変え、淡い紫色の長い髪が風に漂うと、おもわずその場で立ちつくした。
「それより例の件はどうなっていますか?」
「あ、はい、今日はその資料をお持ちしました」
部下の男は口を動かすのと同時に右脇に抱えた書類の束を瑠華に手渡す。瑠華は受け取った書類をぱらぱらとめくると、
「結局、進展は無いようですね……」
「はい。やはり大臣のおっしゃった通り、『事件』の多く発生している地域に通信省から探りをかけるという方向で話は進みそうです」
彼も初めのころは瑠華の速読には言葉を失った。だが、今はこんなことで驚いていては体がもたないと理解するようになった。三年もやり取りをしていれば当然と言えば当然である。
「私が一番怪しいと考えている武蔵野市には『弟』を行かせます。他の地域へ向かわせる方の人選については皆さんに一任します」
「わかりました。そう言えば大臣がフランスで引き抜いたという、確かシャルルマーニュさんでしたっけ? 彼はどうしたんですか?」
「ああ、シャルなら別件で動いてもらっています。そちらはお気になさらないでください」
その言葉に部下は内心良い気はしなかったが、出来る限り表情に表れないように努めた。
「では、私はこれで失礼します」
瑠華は部下が部屋を出るのを見送ると、机に置いた資料に視線を落とす。そして右端に書かれた名前を注視するようにその目を細めた。
「天才……か……」