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プロローグ 始まりの語り部の語り

 陽の沈みかける赤燈色の空の下。

 王都の大通りは帰り路を行く人々と、彼らを相手にする商売人で賑わっている。


 少女は、路地裏の物陰からじっとその様子を見ていた。

 垢だらけの身体は、動かすのも億劫だった。


 ゴミの臭いに満ちた細道の先、壁と壁に挟まれた狭い視界を色々な人が横切る。

 恰幅のある商人や、剣を腰に下げた冒険者、城勤めの兵士や、手を繋ぐ幸せそうな親子。

 少女はじっとそれらを見つめていた。


 あの人達はどんな暮らしをしているんだろう。


 彼らにはきっと、無い。


 食べられる虫や草を探して(うつむ)き歩くことも、力の強い男の浮浪者が食べ残した、残飯の残飯を食べることも。


 昔盗んだ店の店主に見つからないように路地裏から路地裏を這いずるように歩くことも。


 自分の生きている意味が分からなくなるようなことも。


 目に映るものが全て憎たらしく思えることも。


 痛みと、苦しさと、怒りと、妬ましさが渦巻くようなこの絶望感を味わうことも。


 全部全部、無いのだろう。


「さあさあさあ! この天球のこの大陸、その中心のここ王都、二四本の大路が一つ、七番通りをお歩きの皆さん!」


 それは威勢の良い啖呵だった。

 朗々とした歯切れの良い言葉が、路地裏にまで響いていた。


 男の声ではない。

 綺麗な女性の声だった。


 道行く人も歩きながら右の方、声の聴こえる方に顔を向けていた。


「空に瞬く星々の、その数より多くの人がいます、そこの立派な槍を持った冒険者さんも、そこの目つき鋭いお兄さんも、皆さん方が各々に、それぞれ自分の人生を、日々懸命に生きているように!」


 少女が興味深そうに、少しだけ目を大きく開いて耳を澄ませた。

 声はどんどん近づいてきて、その言葉もはっきりと聞き取れる。


「皆さんには必ずいるのがお父さんとお母さん、そのお二人にもお父さんお母さんは必ずいて、それを百度辿っても人の歴史には届かないんだから、人というのはえらいものです。さあさあ、そうして長い長い繰り返し、その中で人は那由他(なゆた)の数だけ生まれて、死んだ!」


 姿が見えないのが不思議なくらい声は大きく聞こえた。

 実際ずいぶん近いのだろう、少女の視線の先で何人もの人が足を止めて声の方を見ていた。


「人が生まれて死んでいく、それはひとつの物語。面白い物語は語られ、継がれて、酒場や井戸端を(いろど)り飾るは世の習い。それでも消えゆく物語を、拾い集めるのが我ら語り部」


 人々がゆっくりと向きを変えていき、路地の先の細い視界についにその語り部が現れた。


 真っ青なローブに身をまとったその女性は、とても幻想的だった。

 絹のような純白の髪は、毛先だけが黒く染まっている。

 鋭耳族のように整った顔で、本人こそが語り部に語られそうな風貌をしていて、反対に声は商人のように愛想が良い。


「王国一〇〇年の安寧が絶えぬは、西方北方の戦が絶えぬゆえ、その西方の戦場で、ある少女が孤児となる!」


 語り部は朗々と啖呵を切りながら、ふいに少女の方を向いた。

 そして立ち止まる。


「少女の名前はネアと言った、彼女は売られて貴族に買われた」


 そこを語り場と決めたのか、語り部はすっかり立ち止まったまま。

 かすかに少女に微笑んだように見えた。


 まさか、と少女は内心で呟いた。

 語り部は自分のために立ち止まってくれたのだろうか。


 払うチップもない、見た目には薄汚れたスラムの子にしか見えない、事実その通りの自分の為に。


「これは契約の魔女と呼ばれるようになった少女ネアの物語!

 奴隷の少女の、波乱万丈の物語!」


 人々が集まって壁となり、やがて少女にはその語り部は見えなくなった。

 けれど、その声は人の壁を越えて路地裏の少女にもしっかりと届いていた。


 それが少女の、その全ての始まりだった。


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