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とある神の話

作者: 雨崎湖香

 とある神がいた。

 漆黒に染まった服を身に纏い、闇色の髪に金色(こんじき)の瞳を持った美しい青年。

 それが、その神が見せる姿。

 その背に漆黒の翼を持ち、その傍らには片目に傷を負った大きな鴉がいるという。

 彼は、戦乱の地に訪れる。

 そして、今日もまた漆黒の神は地に降り立った。



 男は、崩れかけた建物の陰を一人歩いていた。

 深手を負った体を引きずるようにしながら、それでも男はその手に武器を携え、戦場を歩く。

 男は数人で編成された部隊を率いて、この戦場に立った。だが、部下は一人、また一人と倒れて行き、気付けば男一人となっていた。

 元々、勝ち目のある戦いではないと言われていた。

 敵国と男の国では、覆しようのない国力の差があった。たとえ、支配国となろうとも失うものを考えれば、男の国は降伏すべきだったのだ。

 だが、そうはしなかった。無謀にも、男の国は敵国に戦いを挑んだ。

 その結果が、この様だ。日に日に増えていく戦死者。徐々に下がっていく戦線。これ以上戦線が下がれば、民間人に被害が出ることは免れない。

 己の命すら絶望的な状況で、それでも男は諦める訳にはいかなかった。

 男には、愛する家族がいた。けして美人ではないが心優しく芯の強い妻、生まれたばかりの息子。家族たちが男を信じ、待っているのだ。

 次に敵兵と接触すれば、己の命はないだろう。男は、そう悟っていた。だが、その瞳から強い光が消えることはなかった。

『必ず生きて帰る』

 妻と交わした約束だけが、男の体を突き動かしていた。

 その時、少し離れた場所に敵の砲弾が落ちた。凄まじい爆音と共に地面が揺れ、男は足をもつれさせて倒れこむ。

 立ち上がろうとした体は、しかし、男の意思に反して動こうとはしなかった。

 こんな所で終わるのだろうか。朦朧とする意識の中、男は思う。

 自分は、帰らなくてはいけないのに。家族が待っているというのに。

 男の心を占めるのは、部下を死なせ約束を果たせない自分への怒りと敵国への深い憎しみだった。

 生きたい。

 強く、強く思う。

 生きたい。

 生きたい。

 生きたい‼

 心の中で、男の悲痛な叫びが響いた。

 その時。

「生きたいか?」

 そんな声が、男の耳に届いた。ゆっくりと声のした方へ目を向ければ、そこには一人の青年が立っていた。

 ここは戦場。武装していないその姿は、この場に酷く場違いであった。

 漆黒のみで彩られた服。艶やかな闇色の髪。切れ長の瞳は、金色(こんじき)。その肩には、片目に傷を負った鴉が止まっていた。

「誰、だ…?」

「俺が誰かなんて、今は関係ないだろう?」

 その青年は、そう言って笑う。

「お前には、望みがあるだろう。心からの望みが」

 それを聞かせてみろ、と青年は男に言う。

「…家族の、許に…生きて。…戦いの、終結を…」

 促されるままに答えた男の答えは、まともな文にはなっていなかった。だが、それでも男の望みは確かに青年に通じていた。

「俺は、その望みを叶えてやれる」

「な、に…?」

「だが、勿論その代償は必要になる」

 男を見下ろし、笑みを浮かべたまま青年は言葉を続けた。

「お前の望みを叶えるには、多くの人間の運命を変えなくてはいけない。それによって、死ぬはずのない人間が死ぬだろう。お前はその事実を受け入れ、背負いながら生き続ける覚悟があるか?」

 青年は、男に選択を突きつける。

「さぁ、選べ。このままここで死ぬ運命を受け入れるか。それとも、他者を犠牲にしてでも運命を変え、己の望みを叶えるか」

 その答えに、男は迷わなかった。

 男は自らの意志で、己の新たな運命を掴み取る。

「私は、生きる…‼」

 迷いのない答えに、青年が満足げに笑った。

「いいだろう。お前の望み、叶えてやる」

 男の意識が保ったのは、そこまでだった。意識が途切れる寸前、青年の背に漆黒の翼が広がるのを男は確かに見た。



 次に目覚めたとき、男は病院のベッドの上にいた。傍らには、息子を腕に抱いた妻の姿。

 男は、拠点の近くで倒れていたところを見つけられたのだと、妻から聞いた。

 そして、戦争が終結したことも同時に知ることになった。

 敵国の軍事力が、たった一晩の内に潰されたのだという。何が起こったのかは分からず、ただ敵国から全ての戦う力が奪われた。

 国を守る力を失った敵国は、男の国の庇護下に入り、友好協定を結ぶことで戦争の終結を余儀無くされたのだ。

 男はすぐに、あの青年の手によるものだと気付いた。彼に出会った記憶は夢ではなく、紛れもない現実だった。

 そして、青年の言っていた代償の意味も悟る。

 青年によって消された敵兵の中には、ここで死ぬ運命ではない者もいただろう。そして、きっと家族のいる者もその中にいる。

 男は、男の妻が知るはずだった悲しみを他者に背負わせて、今ここで生きている運命を選び取ったのだ。

 その事実を知っているのは男だけであり、そしてこれからも男一人で背負っていくべきことなのだろう。

 それでも、もう一度家族と出会えた喜び。それを手に入れた男に、けして後悔はなかった。



 その神は気まぐれに世界に降り立ち、強い望みを持つ者の望みを叶える。

 漆黒の服を纏い、闇色の髪に金色(こんじき)の瞳を持つ鴉を連れた神。

 これは、そんなとある神の話。

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