姫様、あなたの将は奮闘中です。
短いです、まとまってないです、広い心でお読みください。
「康秀、康秀」
城の中を、赤く染められた布地に金銀とりどりの糸で牡丹の刺繍を施した豪華な打掛を羽織った可愛らしい少女が歩き回っていた。
人を探しているようで、しきりにその人物の名を呼んでいる。
「せっかく新しい打掛を見せようと思ったのに・・・どこにいるのかしら?」
首をかしげ、新調した打掛の裾を見る。
ふふ、と嬉し気に笑い、再び探すために歩きだそうとした。
「姫様、お呼びでございますか」
廊下に面した中庭から、声がした。
「康秀!」
ぱぁ、っと満面の笑みをうかべ、中庭のほうに振り返る。
刀の鍛錬でもしていたのであろう、少し汗ばみ、道着を着たまま庭で膝をつく康秀が、そこにいた。
「面をあげてちょうだい。鍛錬をしていたの?ご苦労さま」
はずんだ声でねぎらいの言葉をかけ、廊下にそのまま座り込んだ。
す、と顔をあげた康秀の顔が少し驚いた表情に変わるのを、にこにこしながら見た。
「おや、もしや、新調なさった打掛が届いたので?よくお似合いです、姫には明るい色合いが映えますね。牡丹の刺繍も、また見事な・・・」
賞賛の言葉を述べる康秀に満足し、うんうんと頷いた。
「うふふ、ありがとう。そんなににあってる?」
「はい、それはもう。どんな男でも、姫のその姿を見れば思わず求婚してしまいそうなほど、お美しくあらせられますよ」
嘘偽りのない素直な康秀の言葉に、姫は嬉し気に頬をそめ、言った。
「じゃぁ・・・康秀が私をお嫁にもらってくれる?」
「は・・・ぃ?」
呆けた顔をする康秀に、もう一度言った。
「私、康秀の妻になりたいわ」
恥ずかしそうにはにかんだ笑顔が、この上なく可憐であった。
今朝見た前世の夢を思い出し、秀英はその精悍な顔をだらしなく緩めた。
あぁ、あの時の姫はまことに可憐であった。
仙女もかくや、というほどに。
なんと果報者であったのであろう、あの頃の自分は。
それが今や・・・
「げ、てめぇ、またかよ!毎日毎日迎えに来んなっつってんだろが。てめぇのせいで俺は口に出すのもおぞましい噂たてられてんだぞ。寄るな。あっちいけ。」
前世と容貌はちがっているが、それでも美しい顔を嫌悪にゆがめ、その美貌に似合わぬ口汚い言葉でしっしっと秀英を追い払う仕草をするこの少年。
そう、少年。
この少年こそ、前世秀英が命をかけて仕えていたあの麗しの姫なのだ。
人生とはかくも無情であるか、とこの世を呪ったこともあるが、もう慣れた。
「おはようございます、姫。そのようなことをおっしゃらずに。私は姫をお守りするために、こうして毎朝毎夕、登下校をともにしているのでございます」
にっこりと笑って言う。
「姫って言うなっつってんだろ!てめぇ、実は馬鹿だろ。それにな、俺は男なんだよ。前世はか弱い姫だったかもしんねーけどな、今は立派なお・と・こ!なんだよ。ほっとけ!」
ぺっとつばを吐きそうなほどの勢いでそう怒鳴り、彼 ― 秋帆は秀英を放って学校に向かって歩き出した。
その後を静かに秀英が歩く。
秀英のほうが身長が高いため、すぐにおいつかれてしまい、結局仲良く(?)登校することになってしまうのだ。
「きゃぁ、東条くんよ!」
「今日も素敵ねぇ。」
「本当にね!」
ふ、今日も黄色い声が俺を包む。
そんなイッちゃってるとしか思えないことを内心つぶやきながら、秋帆は爽やかな笑顔を振りまき、おはようと声をかける。
しかしすぐにその笑顔が凍りついた。
「あ、辻影くんだわ!!」
「いやぁーん、今日も男らしくて素敵!」
「あの精悍さがたまらないのよねぇ~~」
秀英は愛想を振りまくことなく、ただただ秋帆の世話をやく。
「姫、上履きを出しましたので、先に履いてしまってください。靴は私がしまいます」
その姿を見て、別の方向から違う意味の悲鳴が聞こえる。
「きゃ~~~!!姫ですって!!」
「やっぱり、やっぱりそうだわ!」
「あの二人、間違いないわ!」
「ねぇ、この場合って、やっぱり辻影くんが・・・?」
「攻めでしょ!」
「東条くんは線が細いし、中性的で綺麗だもん、どう考えても受け!」
「そうね、身長的にもね」
ギリ、と唇を噛み締め、秋帆は忌々しそうに秀英を睨んだ。
どうしてくれんだよ、てめぇ・・・という無言の圧力をかける。
しかしここは公衆の面前。
自分は王子様、女の子の理想の王子様!!
半ば脅しかけるように自分に言い聞かせ、秋帆は微笑んだ。
「辻影くん、どうもありがとう。でも僕は自分で全部できるから、辻影くんも自分のことだけやればいいよ。それから、僕は姫じゃなくて、東条秋帆だよ。僕たちは友達、と・も・だ・ち・なんだから、そんな下僕みたいなことしなくてもいいんだよ」
秀英が転校してきてから、こう言って少しでも疑惑を晴らそうと無駄な努力をするのが、学校についてからの秋帆の最初の仕事になった。
「は、しかし姫のお世話がしたくてしていることですので、どうかお気になさらず。」
その一言でどれだけ再び誤解を生むか、てめぇは考えてんのか、あぁ!?
目線でそう罵るも、秀英は気づいているであろうにどこ吹く風である。
「さぁ、教室に参りましょう。日課の読書をなさる時間がなくなってしまいますよ」
だれのせいだ!!!!
額に青筋がうかぶ。
しかし、自分を美しく知的に見せる行為である読書(という名のエロ本鑑賞)の時間がなくなってしまうのは由々しき事態。
「そうだね、早く行かなきゃ、続きが気になってるんだ」
穏やかに、穏やかに!!
「見て、東条くんの読書の傍ら、辻影くん・・・」
「うん、すごいね」
「甲斐甲斐しいね」
ひそひそとつぶやく声がそこかしこから聞こえる。
秋帆が席に着くやいなや始めた読書の傍ら、秀英は自分の鞄と机の中身を整理すると、秋帆が本に集中できるようにとの気遣いなのか、髪が落ちれば耳にかけてやり、鼻をすすればティッシュを差し出し、くしゃみをすれば上着をかけてやったりと、実にこまめに面倒をみていた。
「てめぇ、余計なことしてんじゃねぇぞ・・・」
地を這うようなドスのきいた声で秀英にだけ聞こえるように毒づき、表情は本に夢中になる王子様を崩さない。
秀英は遠い目をした。
あぁ、姫様が本当の姫様であったころ、読書の時に同じことをすれば頬をそめて恥ずかしそうに「康秀、ありがとう」とおっしゃってくださっていたのに・・・
現実とは辛いものよ。
その後も授業中、昼休み、ホームルーム等関係なしに秋帆の世話をやくも、秋帆からは冷たい反応、もしくは邪険に扱われるだけであった。
もちろん人目のないところで、であるが。
あの頃が懐かしい・・・
姫様が向けてくださった笑顔、心遣い、優しいお言葉。
最後に見た悲痛な表情が忘れられず、その後の姫の足取りも謎のままであったことが今の自分の行為につながっているのではあるが、今の姫様がこれでは少々気落ちもする。
内心ため息をつきながら秋帆とともに過ごす。
下校時間になり、ともに学校を出、しばらく歩いたころ。
「あ、そうだ」
秋帆が何かを思い出したようにぽつり、とつぶやき、秀英を見た。
「おれ、昨日前世の夢っぽいの見た。赤い生地に牡丹の刺繍がしてある豪華な打掛着てさ、お前と向かい合ってるやつ。内容は覚えてないけど、すげー幸せそうな雰囲気だったんだよな、姫。お前ら、本当に仲よかったんだな」
前世の話など極力したくはないが、あまりにも幸福そうな夢であったものだから思わず言ってしまった、と秋帆は苦笑いした。
秀英の胸が沸き立つ。
それは、それはあのときの。
「なんとなくさ、お前が姫に執着する気わかるんだ。でも、今の俺は姫じゃないんだよ。ただの東条秋帆って男なんだ。お前も、いつまでも前の記憶に引きずられてないで、今生を謳歌しろよ。せっかく前みたいに男前に産まれてきたのに、もったいねーだろ」
「ひめ・・・」
そんなふうに、自分のことを考えてくれていたなんて。
秀英はじーん、と感動した。
口は悪くとも、心根は優しい、前と一緒だ。
「だから、さっさと彼女のひとりや二人つくれ。そんで校内にはびこる不名誉な噂を撤回できるようにしろ。俺は彼女作れねぇからな、何しろ俺は王子様。みんなのもんなんだよ。断じて男のものでもなければ、ひとりのものにもなんねーんだ」
誇らしげに、自分の言うことが正しいと信じて疑わぬ風に言い切った。
・・・どうやら秀英のことを考えて言ったことではないらしい。
あくまでも自分、自分のため。
夢の話は本当であろうが、その後の言葉は全て自分から秀英を離すためだけのものだ。
秀英は、じーん、となった自分を呪いたくなった。
「・・・・・いえ、私は女性と付き合うつもりは。やはり前言撤回は男として格好のつかぬもの。生涯姫様につきそって、最後まで見守りますとも。ええ。何があろうとも。」
瞳にほの暗い何かをちらつかせながら、そう言った。
「なんでそうなる!!そこは俺の言葉に頷くとこだろーが!」
「はいはい、暗くならないうちに帰りましょうね」
「おい、てめぇこら聞いてんのか!!ちょ、生涯とか、マジ勘弁してくれよ!!このままじゃ女の子が俺の前からいなくなるだろうが!」
「世の女性を姫様の毒牙からお守りする、というのも、将のつとめかもしれませんしね」
「んなわけあるか~~~~!!!!」
康秀と姫は実は許嫁的な位置にいたんです。それであの悲劇の最後が、秋帆に根付いた、んですよねー。これから先彼等に恋愛ムードが漂う日は来るのか、わかりません。