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終話 唯一のできることは

そろそろ三人が来る頃だ。

 空にようやく朱が射し始め、星が朝日に溶け出す頃、あの三人がやって来る。


 年を越し、あたたかくなり始めた頃、弟の平太も社に訪れるようになった。初冬の頃はまだ足取りも頼りなげだった平太も、今では姉二人の手を借りずとも自在に歩き回れるようになっていた。

 耳をすますと、長い石段を昇ってくる弾むような足音と、それを追い掛ける足音が聞こえてきた。


「そろそろ来るな」

 おれの心を見透かしたように、鴉の奴が頭上から声を掛けてきた。

「ああ」


 最初に姿を現したのは平太だった。長い階段も物ともせず、平太は境内を駆け抜けた。


「平太っ、待ちなさい!」


 後に続いて現れたのは、なえだった。その後に息も絶え絶えになったさつきが現れる。だがすぐに平太に向かって走り出す。やんちゃな弟に振り回され大変そうだが、また楽しそうでもあった。

なえも弟の面倒を見られるほど、しっかりしてきたようだ。さつきは少し大人びてきたせいだろう、面差しが母親にますます似てきた。


「やれやれ、いつも騒がしいのお」

 うんざりした調子で鴉はぼやいた。途端、子供特有の甲高い声が上がる。

「あ! ヨルだっ!」


 屋根の上にいる鴉に気づいたようだ。なえがこちらを指差している。やかましいのに気づかれたと、鴉は逃れるように羽ばたいた。


「ヨルっ!」

 平太も走って鴉を追い掛けるが、当然、空を飛んだものは捕まるはずもない。

「……あーあ、行っちゃった」


 残念そうに空を見上げる二人に、さつきが穏やかに語り掛ける。

「ほら二人とも、お社の神さまにご挨拶をしましょう」


 二人とも「はーい」と元気よく返事をする。おれは屋根から飛び降り、社に向かってきた三人を出迎えた。


「ほら、平太」

 さつきは手にしていた包みを開く。枝をつけた白い花を差し出すと、受け取った平太はそっと石段に置いた。

「白梅か」


 もうそんな季節になったのかと、境内を見渡した。ここには梅の木はないが、代わりにまだ裸木の桜に堅い蕾が芽吹いているのを見つけた。


「神さま」


 手を合わせると、なえはいつもの言葉を口にした。


「兄さまが早く帰ってきますように」


平太も、なえの真似をして手を合わせる。そんな二人の姿を見守っていたさつきは、少し寂しげに微笑んだ。


「ほら、姉さまも早くぅ」

 平太が催促すると、さつきも同じように手を合わせた。

「皆元気にやっています、だから心配しないで下さいと兄さまにお伝え下さい」


 ああ、必ず伝えよう。

 家族を思いながら旅立った、お前たちの兄に必ず伝えると。

 そして、お前たちが穏やかに、健やかに過ごせるよう見守っていこう。

 それが、今のおれに出来る唯一のことなのだから。


 


 



 ― 終 ―

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