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1 姉妹

サイトを開設した時、一番最初に書き上げた小説です。

サイトには改訂版が載っていますが、ここでは最初のバージョンをアップさせていだだこうと思います。

すでに書き上がっているものなので、誤字をチェックしながらサクサクアップしていこうと思っています。

短い話ですが、よかったらおつきあいくださいませ。

 そろそろあれが来る頃だ。

 空にようやく朱が射し始め、星が朝日に溶け出す頃、この社にあれはやってくる。あれが毎朝顔を見せるようになったのは今年の春から。霜が降り立つ今になってもそれは続いていた。

 耳をすますと、長い石段を登る頼りない足音が聴こえてきた。


「そろそろ来るな」


 おれの心を見透かしたように、鴉の奴が頭上から声を掛けてきた。


「言われなくてもわかっている」


 奴は必ずおれより上にいたがる。屋根に登ればその上の樹の枝へ、枝へ登ればさらに上の枝へ。いい加減そんなことを競うのも莫迦莫迦しく思えてきた今は、おれが社の屋根の上、奴がケヤキの枝の上という風に落ち着いている。


「ほれ、きたぞ」

「ああ」


 ちらりと境内に入ってきた幼い姉妹の姿を垣間見る。白い息を吐きながら、身を寄せあうように歩いてくる姉妹の姿が現れた。上の娘のさつきは十二、末娘のなえは八つのはずだ。姉のさつきに手を引かれるように歩くなえは、小さな布包みを大事そうに胸に抱いていた。その中身はこの社への供え物だということを、おれはとっくに知っていた。


「さあて、今日は何を持ってきたのやら」


 鴉は呆れたように、かん高い声でひとつ鳴いた。

 奴がそう言うのも無理はない。幼い子供が毎日用意ができるものなど、たかがしれていた。昨日は真っ赤に色づいた紅葉の葉だった。春の頃は蒲公英の首飾り、夏の頃は蝉の抜け殻やきれいな音が鳴る草笛。秋は山で拾い集めたしいの実や銀色のすすきの穂。

 この社は村の鎮守と豊作の神様だと、ずいぶん有り難がってくれているらしい。だから社には酒や米とそれなりの供え物が用意される。それと比べるとまるでままごとだな、と鴉はよく口にする。


「さあ、なえ」


 姉に促されると、真っ赤な頬をしたなえは、にこりと頷いた。かじかんだ手で小さな包みをそっと開くと、真っ赤な実がひと粒、ふた粒、ぽろりとこぼれ落ちた。


「今日は南天の実かい」


 腹の足しにもならんな、と鴉が鳴くと、弾かれたようになえが顔を上げた。ケヤキの枝に止まった鴉の姿を見つけると、ほころぶような笑顔になった。


「おはよう、ヨルも早起きね」


 ヨルとは姉妹が勝手に付けた鴉の名前だ。夜のように黒いからヨルと名付けたらしい。毎朝顔を合わせているうちに情がわいたのだろう、と奴は言っている。鴉がどんなに罵り言葉を口にしても、人にしてみればただの鳴き声に過ぎない。姉妹に奴の言っていることがわかったら、きっと名前を付けてかわいがったりしないだろう。


「おかしな名で勝手に呼ぶな、この小娘が」


 翼をばたばたと羽ばたかせて、鴉は吐き捨てるように大声を上げる。すると、なえはぱっと顔を輝かせた。


「姉さま、ヨルが返事をしてくれた」

「そうね、よかったね」


 はしゃぎ出した妹の髪をやさしく撫でる。


「きっとヨルはなえが大好きなのよ。ねえ、ヨル」


 にこりともせず、さつきは鴉をまっすぐに見上げるとこう言った。


「なえと仲良くしてやってね、お願いだから」


 すると鴉は落ち着きなく体をもぞもぞとさせると、薄目で姉妹を盗み見た。


「……上の娘はどうも苦手だな」


 どうも愛想というものが足りない。鴉はそうぼやくと、枝を大きく蹴って逃げるように空に飛び立った。白んだ空の黒い点になった奴の姿を見送ると、おれはゆっくりと身を起こした。


「やっとうるさいのがいなくなったな」


 屋根の上から身を踊らすと、音もなく石畳の上に降り立った。姉妹にはおれの姿が見えていない。しゃがみ込んだ二人の目の前に立つと、同じ目線になるように膝を折った。

 小さな茶碗に盛られた南天の実を、なえは社の前にうやうやしく置いた。つやつやとした小さな赤い実は、夕陽の色を集めたような明るい色をしていた。


「神さま、よろこんでくれるといいな」


 おれを通り越した向こう側を見て、なえは微笑んだ。鴉の言う「ままごと」というものがよくわからないが、多分これが「ままごと」みたいなものなのだろう。少しくすぐったいような、不思議な気分。これまで供え物をされて、こんな風に思うことはなかった。


 これはこれで、悪くない。だけど……。


 二人は小さな手を合わせると、いつも通りの言葉をゆっくりと唱えた。


「どうか、兄さまが元気にやっていますように」


 この無邪気な姉妹の願いを聞く度に、耳をふさぎたくなる。

 姉妹の兄は木々の葉が芽吹く頃に隣の国へ奉公へ出た。この姉妹の他に弟がひとりいる。死んだ父の代わりに一家を支えるのはこの兄の役割になっていた。姉妹は兄が旅立った日から毎日この社を訪ねては、兄の息災を願っている。


 だけど姉妹は知らない、その兄がこの夏、隣国を襲った流行病で死んでしまったことを。


「今年の暮れには戻ってきますように」

「お土産もたくさんお願いします」

「こら、なえったら」


 互いに顔を見合わせ、弾けるように笑い声を上げる姉妹の姿は、まるで色褪せた光景に赤い花が咲いたようだ。けして叶わない願いを口にするのを聞く度に、憂鬱な気分になってくる。


「……それは無理だ」


 姉妹に何度その言葉を囁いただろう。けれど、人の子におれの声は届かない。

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