転生管理局:手続き窓口は本日も混雑中
R8.2.22
現在の魔王採用倍率は0.8倍。まさに人材不足の買い手市場です。
買い手市場→売り手市場に修正
死後の世界にも、番号札はある。それも、感熱紙の端が少し丸まった、ひどく安っぽい代物だ。
裏面には「※紛失時の再発行はできません」と赤字で印刷されている。死後だというのに、妙に現実的だ。それを握りしめた魂たちは、なぜか皆、現世と同じように順番を気にする。永遠の存在になるはずなのに、待ち時間には敏感らしい。
私が配属されたのは、雲の上にそびえ立つ白亜の巨大庁舎――天界公共サービス省・転生管理局「第一希望受付課」。
そこには荘厳な大理石の門があり、隙間からは神々しい後光が漏れ、BGMにはバッハの調べが厳かに流れている。しかし、その神聖さを台無しにするように響き渡るのは、あまりに聞き慣れた合成音声のアナウンスだった。
「ポーン。番号札A-1087番をお持ちの方、3番窓口へお越しください。……繰り返します。A-1087番の方、3番窓口へ――」
初出勤の私は、支給されたばかりの糊の効いた白いローブの袖を整え、大きく深呼吸した。
(神聖な職域、全知全能の代行者……だと思っていたんだけどな)
ロビーの壁には、各世界の観光ポスターが貼られている。
「剣と魔法の王道ファンタジー世界・第三界」
「ほのぼのスローライフ特化型・第七界」
「恋愛難易度MAX・乙女向け変則世界」
まるで旅行代理店だ。
給水所には“聖水サーバー”が置かれ、紙コップには【飲みすぎると現世への未練が薄れます】と注意書きがある。……誰も飲まない。
窓口の前には、現世での未練を透けさせた半透明の魂たちが、役所の開庁待ちをする市民のようにずらりと並んでいる。彼らの口から漏れるのは、祈りでも懺悔でもない。剥き出しの「欲望」だ。
「チート能力は最低でも三種盛り、できれば全部盛りで」
「顔面偏差値は90以上、10歳刻みで美少女に囲まれる設定をお願いします」
「王族スタート固定、できれば政務のない放蕩系の第一王子で」
もはや願いというより、定食屋のトッピング注文だ。
隣の席で、先輩職員である天使・ミカエル係長(勤続二千年、目の下のクマがひどい)が、死んだ魚のような目でキーボードを叩く。
「はいはい、イケメン指定は容姿カスタマイズ・オプションで別途徳ポイントが発生します」
「不老不死? ああ、あれね。サーバー負荷がかかるんで今は抽選制なんですよ。当選倍率三千倍ですけど」
「ハーレム形成権は最大三人まで。それ以上は各国の倫理規定に抵触するため、現地ギルドとの調整が必要になります」
神の采配とは思えないほど事務的、かつドライ。
私は震える手で、分厚い『転生事務処理マニュアル(第128版)』をめくった。
【第4節:チート能力の過剰付与に伴うインフレ問題について】
近年、転生者によるオーバーテクノロジーおよび過度な能力付与により、各異世界の生態系・経済圏で深刻なインフレ現象が発生。
・魔王の平均戦闘力:前年比150%増(生存期間は平均3日から12分へ短縮)
・一般兵の最低HP:三桁から四桁へ。
・貨幣価値:聖剣の大量生産により金本位制が崩壊。
・勇者同士の衝突増加(「俺の方が転生回数が多い」論争)
・スキル名のネーミング枯渇(現在“超絶最強究極改・零”まで使用済)
・魔王側からの労働環境改善要求の増加
(「前年比」とか「金本位制」とか、天界でも言うんだ……)
どうやら、能力を盛りすぎた結果、“物語の寿命”そのものが短くなっているらしい。私が呆然としていると、カウンターに新たな魂が滑り込んできた。
「次の方、どうぞ。……あ、A-1102番ですね」
現れたのは、やけに堂々とした立ち居振る舞いの男だった。他の魂が不安げに揺れている中で、彼はまるで馴染みの喫茶店にでも来たような余裕を見せている。
私はマニュアル通りの営業スマイルを浮かべた。
「本日は転生のご相談ですね。ご希望のコースや世界観はございますか?」
「ああ、お疲れ様。人生やり直し、今回で三周目になります」
思わず入力する指が止まる。
「……三周目、ですか? 失礼ですが、前回の転生からまだ百年ほどしか経過していないようですが」
「ええ。一周目は勇者。二周目は魔王をやりました。次はそうですね、隠居気味の賢者あたりで手を打ちましょうか」
筋金入りの「転生ジャンキー」だった。
私は慌てて端末を叩き、彼の魂ID『00987X:山田 太郎』のログを呼び出す。
【転生履歴:山田 太郎】
1周目:勇者(SSランク)
聖剣エクスカリバーを乱造。魔王軍を三日で壊滅させるも、戦後の政治闘争に敗れ、やさぐれて酒の飲み過ぎで転落死。
2周目:魔王(SSランク)
科学知識を持ち込み魔導産業革命を成功させる。しかし、あまりのブラック労働に耐えかねた四天王に裏切られ、就寝中に暗殺。
備考:重度のチート依存症。効率厨。
「お客様、前回の履歴を拝見しましたが……勇者が強すぎて世界のパワーバランスを崩壊させた原因、ご自身ですよね?」
「まあ、あれはやりすぎましたね。でも魔王側も弱すぎたんですよ」
悪びれる様子は微塵もない。私は重い溜息をつき、マニュアルの「制限条項」を音読した。
「規定により、三回目以降の転生申請については以下の制約がかかります。
チート能力は段階的に縮小(今回はほぼ付与なし)。
記憶の引き継ぎは、人格に影響しない程度に制限。
そして何より……徳ポイントの消費が激増します」
「徳ポイント? 貯まってたはずだけど」
「前回、魔王時代に趣味で城を空に浮かべましたよね?」
「ええ、ロマンですから」
「あれ、甚大な環境破壊および重力異常による気候変動扱いで、大幅減点です。今の残高では、贅沢な転生は不可能です。徳ポイントは“世界安定貢献度”で算出されますから」
私は画面を回転させて見せた。
【内訳】
・魔王討伐:+500
・城浮遊実験:−800
・孤児院への寄付(勇者時代):+12
「寄付、焼け石に水じゃないですか」
「城を浮かせなければ黒字でした」
魂が一瞬、ショックで青白くくすんだ。
「じゃあ……最低限、初期ステータス二倍くらいで」
「通常値です」
「せめて固有の隠しスキルを」
「コモンランクからのランダム抽選です」
「じゃあ、せめて見た目! 顔だけはイケメンに!」
「平均的な標準顔面が割り当てられます」
「王族スタートは!?」
「辺境の農民です。納税義務ありです」
男の魂が、わなわなと震えた。
「夢がない! 異世界転生なのに、夢がなさすぎる!」
「お客様、三周目ともなれば『飽き』がくる頃合いでしょう?」
私は少し声を潜め、デスク越しに身を乗り出した。
「実を言いますと、現在あちら側の世界では『チート過多問題』が深刻なんです。勇者が増えすぎて、供給過多。一方で魔王側のなり手が全くいません」
「え、魔王が足りてないの?」
「はい。現在の魔王採用倍率は0.8倍。まさに人材不足の売り手市場です。逆に勇者の方は、就職氷河期真っ只中。せっかく転生しても、仕事がなくてスライムを狩るだけの非正規雇用勇者が溢れているんですよ」
「世知辛いな、異世界……」
「そこで、今回ご提案したいのが、この“無能力一般人枠”です」
「地味! 名前からして地味!」
「ですが、近年の運命観測者たちの間では、“努力型主人公”の株が爆上がりしています。泥臭く生きる姿が、逆に新鮮でエモいと評判でして」
「メタい! 言い方がメタすぎる!」
その時、ミカエル係長が鋭い視線を向けてきた。
「新人、説得は簡潔に。後ろが詰まっている」
「は、はい! すみません!」
私は咳払いをして、最後の一押しをした。
「山田様。三周目ともなれば、もはや能力値などの数値は飾りです。あなたには前二回で培った『経験値』がある。チートというドーピングに頼らず、その魂に刻まれた知恵だけで、一から自力で積み上げる物語……。それこそが、究極の贅沢だと思いませんか?」
男は黙り込んだ。青白い光が揺れ、遠い記憶を辿っているようだった。
「……一周目、強すぎて誰も横に並べなかった。寂しかったんですよね。二周目も、力で他者を従えただけだった。最後は誰も信じられなかった。……『普通』に生きるって、どんな感じなんでしょうね」
私は優しく、端末の承認キーに指を置いた。
「では、設定します。――某国農村生まれ。特技は『少しだけ記憶力が良い』。これはチートではありません。あなたの努力次第で、どうとでも伸びる才能です」
「ヒロインは? 運命の出会いはありますか?」
「それは、あなた自身の足で探しに行ってください」
「それで、世界を救えますか?」
「救わなくていいんです。ただ、精一杯生きてください」
魂が、ふっと柔らかく、黄金色に輝いた。山田太郎の魂には、黄金色の粒子が微かに混ざっている。これは“英雄経験値”の残滓らしい。数回の転生を重ねると、魂は少しだけ重くなる。成功も失敗も、すべてが層になって積もるのだ。
「……案外、それが一番難しい難易度かもしれないな。――いいでしょう。やってみます」
「正直に言いますと」
山田は少しだけ声を落とした。
「転生って、やめ時が分からないんですよ。一周目で“もっと上手くできた”と思う。二周目で“今度こそ完璧に”と思う。でも終わってみれば、また改善点が見える」
それはゲーム依存者の告白に似ていた。
私が承認ボタンを押し込むと、巨大な光の柱が天を貫き、彼の魂を包み込んだ。空間に巨大な歯車が現れ、世界線の一本がゆっくりと回転した。転生は奇跡ではない。高度に体系化された行政手続きだ。
山田の魂は光に包まれながら、最後にこう呟いた。
「今度は、レベルじゃなくて、人の名前を覚える人生にします」
消える直前、彼は窓口の私に向かって、小さく手を振った。
オフィスに静寂が戻ったのは、ほんの数秒だった。
私は大きく息を吐き出し、背もたれに体を預ける。
「係長……これ、毎日やるんですか?」
「今日はまだ、話が通じる相手で楽な方だ」
ミカエル係長は表情ひとつ変えず、目薬を差しながら答えた。
「昨日の奴なんて、『スマホが使えない異世界なんて訴えてやる!』って三時間ゴネたからな」
その瞬間、ロビーの端で怒号が上がった。
「なんで初期スキルが『草むしり』なんだよ! 抽選の操作だろ、訴えてやる!」
「難易度ナイトメアなんて聞いてねえぞ! 運営呼べ、運営!」
私は、現実という名の天界業務に引き戻される。マニュアルをそっと閉じ、次の番号を呼び出した。
「お待たせいたしました。番号札A-1103番の方、3番窓口へどうぞ」
現れたA-1103番の魂は、目がギラギラしている。
「四周目です。今回は前世の記憶フル解放で、最初から最強――」
私は微笑む。
「恐れ入りますが、まずは徳ポイントの残高確認からになります」
背後の電光掲示板が点滅する。
【本日の状況】
本日の待ち時間:推定3時間
チート抽選倍率:3,412倍
魔王急募中(経験者歓迎)
私は白いローブの襟を正す。神ではない。全知でもない。ただの公務員だ。それでも今日も、誰かの“次の人生”の受付をする。
雲の上の役所は、今日も閉庁時間まで、静かに、しかし確実に、物語を量産し続けている。私は、営業スマイルを張り付かせたまま、深く、深く、心の底で溜息をついた。
(……チート過多問題が解決する日は、まだ、当分先になりそうだ)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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