魔王様は抑うつ気味のようです。
魔王城の玉座は、今日も冷たかった。
魔王ディアボロスは、玉座に座ったまま天井を見つめ、ため息をついた。
「……世界、滅ぼせる気がしない」
その一言に、側近の四天王は凍りついた。
「ま、魔王様!? 昨日は『人類を三日で絶望させる計画』を――」
「やめよう。もう。考えるだけで疲れる」
魔王はマントを頭まで引き上げ、丸くなった。
覇気も威厳も、床に落ちていた。
原因は明白だった。
勇者が来ないのだ。
近年、勇者たちは転職だの配信だのに夢中で、魔王討伐は「コスパが悪い」と敬遠されていた。
戦う相手もいない。恐れられもしない。
魔王という肩書きだけが、虚しく重い。
「存在意義が分からない……」
四天王の一人、老魔導士が咳払いをした。
「魔王様、ここは一度、休養を取られては?」
「休んだら、何もかも終わる気がする」
その夜、魔王城に一人の人間が訪れた。
白衣を着た、眼鏡の中年男性だった。
「心療内科医の佐藤です。今日は、魔王様のメンタルケアで参りました」
「なぜ人間が……」
「代理でのご予約がありましたので、伺いました」
「そういう意味ではなく……まあいいや」
魔王は半信半疑で診察を受けた。
結果は即座に出た。
「典型的なうつ状態ですね。責任感が強すぎる」
「……魔王、向いてませんか?」
「役職と心は別です」
医師の言葉は、不思議と胸に染みた。
翌日、魔王城に張り紙が出た。
――魔王業、しばらく休業します。
――世界征服は体調回復後に再開予定。
人類は拍子抜けし、勇者たちは逆に不安になった。
だが魔王は、城の裏庭で小さな菜園を始めていた。
「今日はトマトが育った……まあまあだ」
その顔には、久しぶりに穏やかな笑みがあった。
世界は、滅びなかった。
けれど少しだけ、優しくなった。




