水準測量技師は今日も水平を測る
「メリッサ・スー魔法古物店へようこそ ~魔法古物の査定、鑑定、買取、販売いたします~」の番外編になります。
こちらだけでも読めますが、よろしければ本編もよろしくお願いいたします。
私の名はスタン・パラディ20歳、王国西部の特に産物があるでもない小さい領地を待つ男爵家の四男だ。
煤けた金髪に垂れ目と人当たりが良い顔は良く「いい人」と言われるがそれで特段モテるわけではない。
跡目はもちろん長男が継ぐし、次男はその補佐をし、三男は王都で騎士見習いをしている。
家族仲は悪くは無いが、四男の私は自分の食い扶持を自分で賄う必要がある。
幸い頭は良い方だったので王都の学院で勉強する機会に恵まれた。
そして学院で基礎教養を修めた後は多少興味のあった建築や都市設計の教授の弟子になることが出来た。
現代の建築や都市設計は過去の技術の研究が主なものである。
主に失われた帝国の建築技術や都市設計思想を古い文献から読み解き、その高度な技術の内で今も使える物を集めて纏めて実用可能なものにする学問である。
それを特段一生の仕事としようなどと思ってはおらず、なんとなく向いていそうだという位の感覚だった。
あれは3年前、王立図書館で出会った彼女は明るい金髪を緩く結んで背中に流し、女性が読むには小難しい言われる博物学、建築学、植物学、魔物学などの書架の辺りに居ることが多かった。
何度か見かけるうちに自然に目で追ってしまっていたのは淡い恋心だという事は自覚していた。
一度、書架の高いところの本を取ろうとしていたのを取ってあげたことがある。彼女は平均女性より身長が少し小さめだ。
その時「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言われてその所作で、しっかりとした教養とマナーを身に付けていることが分かった。
一応、私も最低限の貴族のマナーは学んでいる。
彼女の服装は小綺麗ながら市民的であった。王立図書館の出入りと図書の貸出が認められていることから経済的な背景と社会的な信用がある家の者だという事が伺えた。
大手の商家のお嬢様と言ったところか?
その時、彼女が取ろうとしていたのが道路建築関係の本だったのが、進路に迷っていた自分が進路を決めた理由かもしれない。
そのころ、王都は『魔法古物』の暴走が起きて大きな被害を受けており、私も復旧現場での監督者として駆り出されるようになった。
数か月が過ぎ忙しさから王立図書館への足も遠ざかり、何時しか彼女のことも良い思い出となっていた。
そんな折、水道橋の復旧現場で彼女と再会した。
彼女は少し背が伸びたようだが雰囲気は変わっていなかった。
緩く編んだ金髪を背中に流し、現場で『クライミングロープ』の使用方法を教えていた。なんでも『魔法古物店』の店員という事だ。やはり商家のお嬢様だったようだが現場で教えたりもするのかと感心した。
幾らしたかは分からないが『魔法古物』は高価である。それを扱っている商会はそれなりの規模を持っているであろう。やはり私とでは釣り合わない。
『クライミングロープ』は300㎏程度の重さまで、ロープを持った者と荷物を垂直に上昇させてくれる魔法古物である。
1つが100㎏ほどの復旧用の花崗岩のアーチ石をロープで括り、上部に輪っかを作った物を用意する。それに『クライミングロープ』の下に括ったフックを引っかけて彼女が手に持った『ロープ』が上昇し始めると、彼女は花崗岩の上に立ち一緒に持ち上がる。
水道橋の上まで来ると彼女は花崗岩から水道橋の上に降り立ち、スイっと『ロープ』を引き寄せた。『ロープ』と花崗岩は彼女の脇に水平移動した後、ゆっくりと下降し水道橋の上に落ち着いた。
現代では高い建物を作ったり、補修する時は足場を組みクレーンを使って重い石材等を持ち上げるが、この『クライミングロープ』はその必要が最小限で済むことになる。
周りで見ていた人間やドワーフなどから歓声が上がり、我先にと『クライミングロープ』を使い始め彼女に質問しやり方を教えて貰っている。
こういう石材を使った現場ではドワーフがいることが多い。彼らは頑強で体力があり手先が器用で中には『石の精霊』や『土の精霊』と親しいものもいるのでとても役に立つのだ。
ドワーフは人間社会では少数派なので大部分の人間には煩くて、酒飲みで偏屈だと思われている様だが実際付き合ってみると煩くて、酒飲みで偏屈だが気を許したものには親切で友情深い一面もある。
酒盛りに長時間付き合わされるのは正直しんどい時もあるが。
彼女は人間にもドワーフにも分け隔てなく接している。人種的なものや現場作業の人間にも偏見とかは無いようで彼女の好感度がまた上がった。
ある程度、空いた所で私もやり方を教えて貰おうと近づいたら、彼女は微かに笑顔を浮かべて私に『ロープ』を渡してくれる。
彼女も私のことを覚えてくれていたのかと思うと、嬉しい反面恥ずかしい気持ちになり、彼女の顔をまともに見られず、碌に話すことも出来ずやり方だけ聞くことになった。
それからまた彼女の顔を見ない期間が大分あったが、ある時王都の古本屋で彼女と再会した。
古本屋で空中に舞った埃がキラキラと輝く中、彼女がまた高いところの本を取ろうとしているのに遭遇し「こちらですか」と取ってあげると、彼女はまた「ありがとうございます」と丁寧に礼を言って微かに笑顔をくれた。
植物紙については良い値段はするがべら棒に高いものでもない。物語りやレシピ本、観光案内、特定の技術の研究書なども出回り、古本屋も市民が皆利用するものだ。
それから行き付けになった古本屋で何度か彼女を見かけた。話しかけることも話しかけられることも無かったが。
そんな折、店の店主から声が掛かった。
「お前さん、建築関係の本がまた入っているよ」
何回かここで古本を買っているのでこの店主は私の職業が分かっていたのであろう。たまに出物を教えてくれるようになっていた。
その本は魔法塔の魔法使いが『共明石』という魔法のアイテムを研究しているというものだった。二つの石の間で光を結び、その間で声を伝わらせるというものだった。
「これ、魔法のアイテムの研究書で建築は関係無くないですか?」
一度閉じて店主に表題「共明石を使った音の伝達について」を見せる。
「おっかしいな?あのお嬢さんがチラッと読んで建築関係だって言ってたんだがな」
あのお嬢さんという言葉に引かれ再度ページを捲ってみる。
『共明石』離れた距離でもお互いを赤い光の線で直線で結ぶ。障害物があってもそれを無視して互いを結ぶことが出来る‥‥‥、障害物があっても??
現代の建物、道路の建築において水平、直角、直線を出すことは建築を始める準備段階に必要な重要項目である。
水平を出すにはリベラやコロバテスという道具を使う。
リベラは「A」に似た木枠でできており、頂点から錘のついた下げ振り糸が吊り下げられており、この下げ振り糸が、底辺の中央に刻まれた印とぴったり重なったとき、その底辺が完全に水平であると判断できる。
コロバテス長大な水路や水道橋の勾配を測るために使用される非常に洗練された水準器だ。長さ約5m以上の長い木製の水平台で両端に垂直な脚が付いている。台の上部に掘られた溝に水を張って、その水の表面で水平を確認する。また、台の両端から下げ振り糸を吊るし、これが脚に刻まれた目盛と一致することでも確認できる。
直角を出すにはグローマという道具を使う。十字型のアームの各端から錘のついた糸が吊り下げられており、この下げ振り糸を利用して、正確な直線を作り出す。
とにかく、複数の人手で測量して道具を持って移動し、道具を設置し測量しての繰り返しであるが、この最初の測量が狂っていると後の全ての行程に影響が出る。
トンネル工事などでは両端から作ったトンネルが中間で繋がらないなどという事も起きてしまう。
そこに障害物も関係なく直線の光を通す魔法のアイテム??
私は著書名を確認し、本を購入しその足で魔法塔の門を叩いた。
あれから2年ほど魔法塔のカーツマン師やその弟子と共に研究と実用試験を重ね速やかに水平、直角、直線の距離を出せる『共明石』を取り付けた『共明杖』とその結果を映し出し、調整する『スクロール』の開発に成功した。
そして、大々的に発表し発注を待ったが、発注は来なかった。
理由は金額が高かったからだ。
魔法のアイテムはまず購入額が高い、そして魔力の充填が定期的に必要でこれにも費用が掛かる。
今あるもので一応使えているのに態々、そんな費用の掛かるものを使う必要はない。という事らしい。
一理ある。しかし使ってもらえればその携帯性による作業時間の短縮や測量の正確性が分かってもらえるはずだ。
既存の建物があるところでも、森林の中で木々が生えている状況でも直線が引けて、トンネル工事でも行き違いになることがない。
この価値に気づいてもらえず我々、開発陣は肩を落としていた。
私財を投じていたカーツマン師と今後のことを話しあっていたとき、ある商会から『共明石』についての連絡があった。聞いたこともない商会であったが、藁をも縋る思いでカーツマン師と共に現物を持って商談に行った。
ブランチ・ホーキンスと名乗った商会長は30歳くらいで真面目そうな顔の中にも厳しい雰囲気があり、やり手っぽい感じがする。
商会は出来たばかりで何の実績も無いが、西に広がる穀倉地帯にある子爵家と付き合いがあり、そこまでの街道建設を任されているという事だった。
商談はすんなりと進み、金貨50枚での『共明石』の販売と当面1年間の現場監督及び『共明石』を使った測量手としての自分の派遣が決まった。
建築家の卵として建物、都市の設計などを生業にしようとしていたがまずは街道建設の現場で働くことになった。
この後、後世に名を残す建築物を作ることになるとも、ブランチ・ホーキンスと生涯の相棒で友人となるとも思ってもいなかった。
一月後には現場で水平を取って直線の距離を測り、地面に印を打ち込む作業に掛かっていた。
現場を見学に来たブランチ・ホーキンスに商談の時は興奮していたこともあり聞きそびれたことを聞いてみた。
「そういえば、商談の時、随分すんなり話が決まったのが不思議だったのですが?」
ブランチ・ホーキンスは小さめのストローハットで陽射しを避けながら答えた。
「ああ、あれは我が商会の顧問から、『共明石』の事を聞いていたからですね。実用的で使える技術だから是非にと。前から研究しているのを知っていたみたいですね」
「そんな方がいらっしゃったのですね。是非一度お会いしてお礼を言わせてください」
「申し訳ないですが、顧問は人前には出ない方でして‥‥」
「そうですかでは、お礼だけでもお伝えください。ご期待頂いた分しっかり街道を建設すると」
「伝えておきます」
「では休憩は終わらせて、作業を再開しましょう。おーーい作業開始だ!次の基準点を決めるぞ」
助手の2人が『共明石』が先端に着いた『共明杖』を持って100m先ほどに移動し10mほど離れて立った。私の横と右手10mにも『共明杖』を持った助手が立つ。
私と右手の助手の足元には既に基準を出した証の縦横10㎝ほどの石柱が基準石として打ち込まれている。
私の合図で横の助手が『共明杖』に魔力を通せば『杖』は助手の手を離れ地上30㎝ほどに浮かび上がり位置を微修正して地面の基準石の真上に移動しこちらも垂直に赤い光が基準石の中央に走る。右手の『杖』も同様である。
そしてそれぞれから他の三方に赤い光が走り、赤い光の線が長い長方形と対角線を作る。
私が広げた長い『スクロール』には縮小した長方形がこちらも赤い線で描けれており、100m×10mに前後した近い数値が書かれている。
私が専用の『ペン』で基準値欄に100m×10mの数値を書き足すと、離れた二本の『共明杖』がゆっくりと動き『スクロール』に書かれた数値が100mと10mに近づき、共にぴたりと止まった。
『スクロール』に確定と書き込むとその『杖』の下から地面に赤い線が伸び、待機していた作業員が基準石を仮設置し、杖を退かした後地面にしっかりと打ち込んだ。
また、打ち込んだ後同じ作業をして数値の検証も行う。
「作業も随分、スムーズに進むようになりましたね」
ブランチ・ホーキンスの明るい声にこちらも答える。
「そうですね。このペースで行ければ秋までには子爵領までの測量は終わりそうです。後は実際の街道建設も同時進行で進めないといけませんが、こちらは人員の手配に手間取ってます。賦役で強制的に作業させる訳にもいきませんからね」
「そちらの手配はこちらで何とか、考えましょう」
二人して街道予定地の基準点を見て更にその先まで見渡す。
きっと二人は同じ景色を見ていただろう、小麦袋を載せた何台もの馬車が街道をゆく景色を。
後に出来た街道は王都へ小麦を運ぶ荷馬車と王都から小さい村々に回る行商人の通行が活発に行われ、子爵領の繁栄に寄与した。
その道はいつからか「小麦農家の街道」と呼ばれた。
なお、カーツマン師は私財を投入したことで、家庭不和に見舞われていたが、ほどなくどの建築現場でも『共明杖』が使われるようになり、家庭不和は解消し、その後研究資金に困ることは無かった。
「メリッサ・スー魔法古物店へようこそ ~魔法古物の査定、鑑定、買取、販売いたします~」
EP12.13 『若返りの秘薬』と農民1.2
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