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最強の王女、現実を知る

「うぅ…ひどい目にあったのじゃ…」


王城の自室。

私は久方ぶりの愛しきベッドに顔を埋め、涙をこぼしていた。

外界では一日。だが、私の体感では…ああ、思い出したくもない。


『一年間サボらずにトレーニングしてあの部屋から出るとはやるじゃねぇか』


腰に差したグラットンが、他人事のように言う。


『まあ、少し時間はかかったけどな』


「少し!? 魔剣の少しの感覚はズレとるのう…100年くらいはおったんじゃないか?」


素振りをサボってループ。

腹筋の回数を誤魔化してループ。

こっそり昼寝してループ。

プロテインを捨ててループ。

「もう無理じゃ」と泣き言を言ってループ。


一年を終えるまでに、一体何回やり直したことか。


『正確には124年と3ヶ月と17日と6時間30分だな。お前サボりすぎやねん。すぐループしやがって』


「ひゃ、124年!?」


絶句した。

つまり私は、体感的に一世紀以上も、あの白い空間で過ごしたということか。

道理で、もう何もかもが嫌になったわけだ。


だが、しかし。

私は立ち上がり、鏡の前に立った。


そこに映っていたのは、もはや別人だった。

無駄な脂肪は全て筋肉に変わり、腹筋は見事に割れている。

二の腕は引き締まり、太ももには美しい筋肉のラインが。


「ふふふ…でも、これで敵軍を一人で倒せるくらい最強になっておるじゃろ?」


124年。

地獄の124年だったが、無駄ではなかった。

剣術、体術、戦術、全てを叩き込まれた。

もはや私に敵うものなどいない。そう確信していた。



王城、謁見の間。

父上と母上、そして兄上が、心配そうな顔で私を見つめていた。


「アリア、本当に大丈夫なのか? 急に敵軍に立ち向かうなど…」

「心配無用じゃ、父上!」


私は胸を張った。

ダサいピンクのジャージは、いつの間にか漆黒の戦闘服に変わっていた。

腰にはグラットン。準備は万端だ。


「見ておれ! この私が、敵軍を蹴散らしてみせる!」


そして私は、高らかに宣言した。


「王女アリアが命ずる! 我一人で敵軍を敗走させるのじゃ!」


かっこいい。

我ながら、実にかっこいい宣言だ。

これぞ主人公。これぞ英雄。

さあ、震えて待つがいい、グレイシア軍よ!


『…………』


あれ? グラットンが妙に静かだ。

いつもなら何か茶々を入れてくるのに。


『あーあ、やっちまったな』

「は?」

『人間がいくら鍛えても、一人で軍隊相手にできるわけねぇだろ…』


時が、止まった。

謁見の間の空気が、凍りついた。


「…………は!?!?」


『お前、まさか本気で一人で軍隊倒せると思ってたの? いやいや、いくらなんでも頭お花畑すぎるだろ』

「だ、だって! 124年も修行したのじゃぞ!?」

『それで身につけたのは、せいぜい達人級の剣術と、人間の限界レベルの身体能力だけだ。魔法も使えない、特殊能力もない。ただの鍛えた人間が、数千の軍勢に勝てるわけないだろ』


ガーン、という効果音が聞こえた気がした。

そんな。そんなバカな。


「じゃ、じゃあ、今までの苦労は…」

『無駄じゃないぞ。お前は確かに強くなった。一対一なら、敵国の騎士団長にも勝てるだろう。でも、それだけだ』

「それだけって…!」


父上が咳払いをした。


「あー、アリア。実は援軍を要請しておいてな。隣国のレオン王国から、増援の部隊が…」

「援軍!? そんなもの必要ないのじゃ! この私一人で…」

『だから無理だって。矢が雨のように降ってきたらどうすんの? 魔法攻撃されたら? 包囲されたら? お前、そういうの全部避けられるの?』

『それに、お前と一緒に124年訓練した騎士たちがいただろ? あいつらと連携して敵軍と戦う予定だったのに、お前が一人で突っ走るから、作戦が全部台無しなんだよ。マジで困った』


ぐうの音も出ない。

確かに、精神と時の部屋での訓練は、私一人ではなかった。

王国騎士団の精鋭たちが、私の教官役やスパーリング相手として、同じ時間を過ごしてくれていたのだ。

彼らとの連携訓練もあったはずなのに、すっかり舞い上がって忘れていた。


「う、うぅ…」


目に涙が溜まってきた。

124年。

124年も苦しんだのに。

結局、一人では何もできないなんて。


『まあ、落ち込むな。お前は確かに強くなった。でも、一騎当千への道はまだまだ長い。次は魔法の修行だな!』

「も、もう嫌じゃあああああ!」


私の絶叫が、謁見の間に虚しく響き渡ったのだった。

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