第5話:永劫の孤独
薔薇は、静かに血の香りを放っていた。
風に舞う花弁は赤と黒に交錯し、泥と灰の上に散り敷かれる。かつての王城は廃墟となり、歓声も笑顔も、すべて過去の記憶に変わった。
イザベル・コールディアは、薔薇園の中央に立つ。黒い薔薇を握った手は、もはや痛みすら感じない。触れる者の運命を変える力も、すでに世界の秩序を崩すだけの呪いとなっていた。
「……誰も、いない」
声は風に吸い込まれる。ロアンも、盟友も、王族も、貴族も――すべて、薔薇の花弁の下に消えた。永遠を与えたはずの力は、愛すべき者たちを葬り去るだけだった。
黒い薔薇が、胸に刺さる棘が、彼女の体を貫く。痛みは生の証、だがその痛みも孤独の中では薄れ、ただ冷たい虚無だけが残る。イザベルは微かに微笑む――それは希望でも救済でもなく、永遠の孤独を受け入れた者だけの微笑だった。
薔薇園の向こうで、かつての戦場の残骸が揺れる。亡き者たちの声は聞こえず、ただ風が悲しみを運ぶ。イザベルは思う。
「これが……私の代償……」
不死は祝福ではなく、連鎖する悲劇の種であった。愛は奪われ、嫉妬は燃え広がり、権力は血塗られた歴史を繰り返す。
彼女はゆっくりと薔薇を見下ろす。黒と紅の花弁が、かつての愛と裏切りの証として舞う。手にした永遠は、救いではなく、孤独の檻であった。
そして、世界のどこにも、答えは存在しない。
「……私は、ここで……微笑むしかない」
イザベルは静かに息を吐き、黒い薔薇を胸に押し当てる。棘が深く刺さり、血が滲む。その痛みと冷たさこそが、永遠を抱く者の現実だった。
風に舞う薔薇の花弁が、地面に落ちる。赤と黒が混ざり合い、墓標のように積み重なる。イザベルはその光景を見つめ、永遠の孤独の中で微笑む――誰も救われず、誰も報われない世界で。
世界は動き続ける。王族も貴族も、愛も裏切りも、歴史の波に呑まれる。だが、黒い薔薇を握る少女だけは、永遠に生き続ける。孤独の中で、悲劇の証人として、微笑みながら歩み続ける。
薔薇はまた一枚、風に舞った。
その舞は、終わりなき時間の象徴であり、救済なき物語の幕引きであった。
――血に濡れた薔薇と共に、少女は永劫の孤独を抱き、微笑み続ける。
この世は誰も救われず、誰も報われることはない、ただ美と悲劇だけが残る世界で。