第4話:永遠の選択
城は、静寂に包まれていた。
瓦礫と血の匂いが混ざる廊下を、イザベル・コールディアは一人歩く。黒い薔薇は胸に握られ、棘が皮膚を刺す痛みが、かろうじて生の実感を与えた。
「永遠……とは、こんなにも孤独なのね」
呟く声さえ、冷たい空気に溶けて消える。愛する者はすべて死に、信じた人々は裏切りの中で倒れた。永遠の命は祝福ではなく、罰そのものだった。
中庭の薔薇園には、赤と黒の薔薇が交錯して咲き乱れる。血で染まった花弁が、風に揺れるたび、死者たちの嘆きがささやくようだった。イザベルは、かつてロアンと笑った庭に立ち、手の中の黒い薔薇を握り締める。
「……どうして、私だけが」
声が震える。力の代償は重く、触れた者すべてに悲劇をもたらす。王族も貴族も、愛する者も、避けることはできない。手にした力が、世界を裂く。
それでも、彼を失ったくなかった。
それでも、彼を抱き続けたかった。
広間に入ると、フェリクス公爵がまだ生き残り、冷たい眼差しでイザベルを見つめていた。
「おまえ……この城をどうするつもりだ?」
彼の声は低く、警戒と嫉妬に満ちている。城内の残党たちは、互いの生存と権力を賭け、緊張の糸を張り巡らせていた。
イザベルは微笑む。凛とした、しかし冷たい笑みだ。
「私は……私の道を行くだけです」
その言葉に、周囲の空気がひそかに揺れる。黒い薔薇の力が、その微笑みに宿り、触れた者の心に疑念と恐怖を刻む。
夜が更けると、城内の陰謀は動き始めた。生き残った貴族たちの間で、さらなる争いが起きる。イザベルはそれを黙って見つめるしかない。触れた者の運命を変えることはできても、永遠の代償から逃れることはできない。
「私が……何を選べば、終わりが来るの?」
孤独の中で自問する。黒い薔薇の棘は、胸に深く突き刺さったまま、答えを教えない。ただ痛みと美だけが、彼女を揺さぶる。
そのとき、遠くの廊下から微かな声が聞こえた。
「イザベル……」
振り返ると、かつての盟友が影のように立っていた。生き延びた者たちの中で、唯一、彼女を知る者。だがその瞳も、恐怖と疑念で揺れている。
イザベルは決意する。
「……永遠を手にした以上、私は選び続ける」
選択は苦痛であり、孤独であり、愛をも犠牲にする。だが、それが彼女の道だった。黒い薔薇は微かに笑い、彼女の手に宿る力の意味を告げる。
薔薇は風に舞う。紅と黒の花弁が混ざり合い、夜の闇に消える。その舞は、少女の孤独と試練の象徴であり、終わりなき永遠の物語の幕開けを告げていた。
――生と死、愛と裏切り、救済と呪い。すべてを抱えた少女は、再び選択の時を迎える。