第3話:薔薇の墓標
王城の朝は、死の匂いに染まっていた。
紅と白の薔薇は、地に散り、泥と血にまみれる。かつての栄華は瓦礫と化し、煌びやかな衣装も王族も、すべて灰と化していた。
イザベル・コールディアは廊下に立ち尽くす。黒い薔薇は胸の中で冷たく疼き、手の中の棘が深く食い込む。触れる者すべてに不幸をもたらすこの力は、今や確実に王城全体を覆っていた。
「……ロアン……」
名前を呼ぶ声は、砂のように乾いた空気に消える。彼は、目の前で絶命した。かすかな動きさえもない。永遠を与えたはずの力が、愛した者を救うことはできなかった。
城内の各部屋から呻き声や絶叫が響く。嫉妬に狂った貴族たちが互いを刺し、王家の血筋を巡る争いは、ついに完全な混沌に変わった。薔薇の花弁は赤く染まり、踏まれ、砕けるたびに悲鳴のように舞った。
イザベルは廊下を進む。目に映るのは、かつて自分が触れた人々の死体。助けたいと思った者ほど、死に直面している。黒い薔薇の力の代償――それは、彼女の意思とは無関係に、愛も希望もすべて破壊していく。
「なぜ……私だけが……」
涙を流す気力さえ残らない。永遠に生きるはずの少女は、瞬間瞬間で無力さを思い知る。
その時、広間の奥で王の弟フェリクス公爵が倒れた。彼の目には恐怖が浮かび、口元は血で歪む。かつての敵も味方も、もはや区別はつかない。ただ薔薇と血の混ざる空間に、無数の魂が漂っている。
イザベルは黒い薔薇を握り締めた。棘が手のひらを貫き、痛みが確かに存在することで、わずかに現実を感じる。永遠の孤独の中で、彼女は初めて理解した――愛する者を救うために選んだ力は、世界を崩壊させるだけだった。
「これが……私の選択の結末……」
彼女の声は、風に混ざり、瓦礫の中に消える。薔薇は一枚、また一枚、風に舞い落ちる。黒と紅の花弁が地面に重なり、まるで墓標のように積み上がった。
夕暮れ、城の中庭に出たイザベルの前には、血で赤く染まった薔薇園が広がっていた。死者の影が揺れ、風が静かに彼女を抱く。誰も救われず、誰も報われない――その真実だけが、永遠に変わらない。
イザベルは小さく微笑む。
その笑みは悲しみと美の狭間にあり、永遠の孤独を抱えた者だけが浮かべられるものだった。
そして、黒い薔薇の棘は、胸に深く突き刺さったまま、彼女を決して解き放さない。
薔薇はまた一枚、舞った。血と影の舞台の中で、少女の物語は、さらに深い闇へと落ちていった――。
――紅と黒の薔薇が咲き乱れる城で、永遠を手にした少女は、孤独と絶望に抱かれる。