第8章
朝霧幽霊。彼を知りたい。日を増すごとに段々そう思うようになった。
そして、美涼はある境地に立たされている。
来週の土曜日に、幽霊をおでかけに誘うのだ。行き先は、電車で二駅の喫茶店。前から気になっており、テレビにも紹介されたのだ。だから、そこにした。
だが、大変な受難が待っていた。
どうやってメッセージを送るか、わからないのだ。それに、そんなデートみたいなメッセージ、送るのに相当な勇気がいる。楓はそれを当たり前のように使っている。自分にはできないものだと思っている。
心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。
「…………はぁ〜〜〜〜」
ダメだ。全然打てないし、勇気が出ない。現在、幽霊のメッセージ画面を開いて三十分。まだ踏ん切りがつかない。
でも、諦めたらダメだ。美涼は幽霊を知るために、こうしておでかけに誘おうとしているのだ。
「あぁ、もう……」
最初の文を考えたはずなのに、緊張していたのか忘れてしまった。
「…………あーあ」
思い出して、メッセージを打つ。部屋に響くのは、美涼のスマホのタッチキーボード音だけだ。
「…………」
改めて送信するつもりのメッセージを見てみる。
『テレビで話題になっているお店があるんだけど、よかったら、来週の土曜日行かない?』
そんな業務連絡みたいなメッセージになっていいのかと思ったが、これ以上いいのは見つからない。
「…………はぁーー」
深くため息をついて、メッセージを送る。
すぐに、通知音と振動が美涼を驚かせる。
「ひゃ……」
怖がりながらも、返信を見る。
『いいですよ。行きましょう』
美涼は心底安堵した。そして、幽霊が自分の誘いを受けてくれたのが何よりも嬉しかった。着ていく服をどうするか、美涼は後になってそれを考えた。
*
幽霊は、なぜか美涼の家の近所の公園を待ち合わせ場所にした。
美涼は白い半袖Tシャツにジーンズを履いている。楓いわく、「こういうラフなものが似合う。素朴でかわいいから」らしい。ちなみに、服を選んだのは楓だ。服に関して、美涼は全く無頓着だった。「着れればいい」と思っているようだ。
さて、公園には着いたがどうやって暇を潰そうか。とりあえず、目の前にベンチがあるからそこに座ることにする。
ベンチに近づくと、見慣れたようで見慣れていない人物が座っていた。
「わ……!」
慌てて口を塞ぐ。
「おはようございまーす」
そこにいたのは、幽霊だった。ベンチは木陰だから見えなかったのかと思うがそう言うものではない。本当にそこに現れたかのような。
美涼は嫌な懐かしさを覚え、幽霊に歩み寄る
「うん、おはよう。幽霊くん」
「はーいはい」
「ごめんね。なんか、急に誘ったみたいに……」
「大丈夫ですよー」
恐縮気味に美涼が謝ると、幽霊はいつもの微笑を向け、美涼を見ていた。
幽霊の服装は、足まで届く少しサイズが大きいグレーの半袖シャツに、美涼と同じでジーンズを履いていた。
「下、同じだね」
「ん……あぁ」
幽霊は控えめに「そうですねー」といつも通り間延びした声を出した。
*
美涼は幽霊と駅に向かう。
「ところで、朝霧くん」
「はいー?」
しばらく無言が続いて気まずくなったのか、美涼は幽霊と話し始める。
「休みの日って、なにしてるの?」
あいにく、美涼はこれしか思いついていない。
「いつも、家にいますねー。寝たりはしてないですけどねー」
「お姉さんは、どんな感じなの?」
ギリギリで、この話題が出た。
「姉ですかー?そうですねー。でも、僕に似てはないですよー。性格は明るいですしー」
「ふーん」
美涼は、一回も幽霊の目を見たことがないから想像がつかない。ぱっちりしているのか、目つきが悪いのか。
「白川さんは、どうですかー?」
初めて名前を呼ばれた。美涼は驚きつつも答える。
「私も、多分、朝霧くんと同じだよ。あとは、友達とメールをしたりね」
「白川さんにも、上の人か、下の人は?」
「私、一人っ子」
「おやー、そうですか」
このなんでもない会話が、美涼は少し楽しかった。




