第19章
「ねぇ、もっと盛り上げない?」
楓は美涼に聞いた。
「ん?」
美涼は首をかしげる。
「幽霊との仲だよ。誕生日を祝ってそこから交流なし。これじゃつまらないよ」
楓はおおげさに、切実に訴えている。
「えぇ……」
「これじゃ、お互いを呼び捨てしてる意味なくない?」
「そう言ってもねー……」
「はい出たー。美涼の草食系ーー。こうなったら私がセッティングするしかないなー」
「ちょ……それ、勝手に」
「これじゃ、面白くない。美涼の人生劇場はつまらないものになってしまう」
「じゃあ、どうすれば」
「バッキャロー!映画に誘いなさいよ」
楓はスマホを取り出し、映画を検索して美涼に見せる。
「ほれ、どれか選びなさい」
上から、二つは恋愛映画。一つはホラー映画。残った一つはアニメの実写映画。
「私、ホラー苦手だもんな……」
「お、いいことだ。弱い姿を幽霊に見せて惚れさせちまえ」
「そう言う楓も、ホラー苦手なくせに」
「ギク……」
図星を突かれ、楓はしばらく沈黙した。
「とにかく、行きましょう、よ。映画に……!」
楓は絞り出すように言った。
*
日曜日。
美涼は駅前のベンチに座っている。楓はわざとらしく、遅れてくるというメールを貰った。
(私、大丈夫だよね?)
一応、折りたたみの鏡で顔を見てみる。うっすら化粧をしていて、学校とは装いが違う。
「おやおや。美涼さん早いですねー」
顔を上げると、幽霊が立っていた。いつも通り、音もなく。
「お、おはよう」
「はいー、おはようございます」
幽霊は初めて出かけた時と同じサイズが合わないようなグレーの半袖シャツを着ていて、ジーンズを履いている。
「おや、被ってくれてるんですかー」
幽霊は手で美涼が被っている帽子を指す。
「あ、うん。気に入っちゃってさ」
「おやー。それは良かったですー」
幽霊は嬉しそうな声を出す。
会話に花咲かせていると、ポケットの中のスマホが振動する。見ると、メッセージがあった。楓からだ。
『仲良さそうじゃない』
「…………!」
美涼は立ち、あたりを見回す。
「……いた」
駅の反対側。そこに楓が立っていた。美涼は手招きして楓を呼び出す。
「やぁやぁ。おはようおはよう」
「楓さん、おはようございまーす」
幽霊はなんの疑いもなく楓に挨拶をする。
「やぁ、私服姿の幽霊を見るのは初めてだよ」
楓は白いTシャツに、髪の毛の色と同じ茶色い半袖の上着を着ている。楓の体が細いからか、こぢんまりとしていてよく似合っている。
「どうかね。この、ちょっとボーイッシュな感じの服装!」
「すごいですねー」
幽霊は美涼より小さな手で拍手を奏でる。
*
映画館のあるショッピングモールに行き、幽霊の足は少しおぼつかなくなり、何回か転びかけている。
「どうしたの?幽霊くん」
心配した美涼が声をかける。
「いやー、人が多いなって。ちょっと、人が多いと足が思うように動かないんですよー」
「だいじょう……」
すると、楓が美涼の肩を掴む。
「美涼。心配するだけじゃダメだよ。手を繋ぎなさいよ」
「は……?」
「だぁかぁらぁ、こう言う時に頼れる女の子になれば、幽霊も美涼を見直すんじゃないの?」
「……わかったよ。やってみるよ」
美涼は幽霊に手を差し出す。
「幽霊くん、大丈夫?手、貸そうか?」
後ろから、「バトル漫画かよ」という楓の小さなツッコミが聞こえる。
「えー、いいんですか?」
幽霊の左目が見えている。
「……ほら、いいからさ」
「……はいー」
弱く言って、幽霊は美涼の手を握る。
冷たさが一瞬あったが、すぐに温かくなった。
(不思議な感覚……)
美涼の心臓が少し跳ね上がっている。
*
映画館に着くと、幽霊は「もういいですー」と言って美涼の手を離した。
「それじゃ、入場券を買おうか」
楓は財布を取り出す。
「そういえば、何の映画を見るんですかー?」
元気になった幽霊が聞いてくる。楓はにこやかに答える。
「恋愛映画。幽霊、好き?」
「……姉から本を借りる時、恋愛小説なら読んでますけどー……」
「お、いいね」
楓は美涼を見てニヤニヤしていた。




