第15章
6月6日。この日が来た。美涼は幽霊が買った帽子を被り、家を出る。幽霊が言ったように近所の公園で彼を待つ。夕方の公園は、昼とはまた違う雰囲気を出している。
隣に大きい紙袋を置く。
「…………」
「お、いましたいました」
すぐに、幽霊が公園に入ってくる。
「どうもー。白川さん」
「うん」
「おや。それはプレゼントですかー?」
幽霊は手で美涼の隣にある紙袋を指す。
「あ、うん。そう」
「では、案内しましょう」
美涼は立ち上がり、幽霊についていく。
「そういえば、お姉さんはいるの?」
「えぇ、白川さんのことは言ってあるので、大丈夫だとおもいますけどー」
*
幽霊の家は、美涼の家とは意外と近かった。
幽霊がドアを開けると、「おかえりー」と間延びした声が聞こえる。
「逌楽戯さーん。来ましたよー」
「はいはい。わ!」
幽霊の姉、逌楽戯は美涼を見て驚く。
「えー。すごい可愛いじゃん。幽霊」
「そうですねー」
(この人が……朝霧くんのお姉さん)
美涼は逌楽戯を見る。パッチリとした目に、肩までの髪。部屋着なのか、白一色の服装。
「幽霊。部屋に上げれば?どうせなら、僕がいない方がいいでしょ?」
逌楽戯はニヤニヤしながら言う。
(あ、楓に似てるかも)
朝霧姉弟は、正反対だった。幽霊は物静かな人。逌楽戯は明るくて、気さくな人。幽霊の一人称は姉からなのだろうか。
「そうしますよー。あなたはなにかとうるさいですからねー」
「おぉ、正解」
やり取りを済ませ、幽霊は階段を上がる。
「あ、ちょっと……」
美涼は慌てて靴を脱ぎ、幽霊の家に上がる。
*
女性にもある、「ここが異性の部屋」という感覚。でも、それは幽霊が部屋のドアを開けた時に全てかき消された。
新居かと見間違うほど、綺麗で何もなかった。ゴミ箱もなく、端にベッドがあるだけ。
「朝霧くん……」
思わず、美涼は幽霊に声をかけた。
「はいー?」
平然と間延びした声で幽霊は言う。
「これ、本当に朝霧くんの部屋?いくらなんでも……」
「置くものがないんですよねー」
幽霊はそう言って、「どこでも座っていいですよー」と美涼を促す。
「う、うん」
とりあえず美涼は、幽霊のベッドの前に座り、帽子を脱ぐ。
(タイミング、どうしよう)
美涼は幽霊を見る。
(今渡しちゃおっかな。でも、いいや……)
「朝霧くん……」
「はいー?」
ドアの前に立っている幽霊は振り向き、近くに立っている美涼を見る。
「これ……」
大きい紙袋を差し出す。
「おやおや……ありがとうございます」
幽霊は美涼から紙袋を受け取り、中身を開ける。幽霊が袋から出したのは、チーズ蒸しパンのぬいぐるみクッションだった。
「大きいですねー」
「……どうかな?」
幽霊は首をかしげる。
「かわいいですよー」
幽霊はベッドにそれを置く。
「結構いいですねー」
美涼はフッと安堵する。喜んでもらえた。そう言えばと、楓に教わった“幽霊の堕とし方”がよぎる。
でも、美涼はあることを考えていた。
「ねぇ、朝霧くん」
「はいー?」
「プレゼントも貰ってるしさ、こういう、なんか、名字で呼ぶのやめない?」
「え…………?」
幽霊は珍しく動揺している。
「いや、いやなら……」
「いいですよー」
幽霊はすぐに許可を出す。
「……白川さんがそうしたいならー、僕もそうしますよー」
「うん。分かった。幽霊くん」
「そうですかー。美涼さん」
お互い、名前を呼ぶ。「くん」を外すのはまた後でいいと美涼は思った。
美涼はまた座ろうと戻るが、靴下のせいで、床に滑ってしまう。
「あ……」
すると、腰に手を回される。幽霊だろうか。だが、幽霊が男の子でも、急な加重には耐えられない。
これじゃ、二人とも倒れてしまう。
美涼の体が大きく傾いた。
*
美涼は、今の状況を飲み込めない。確かに、倒れたような感じがする。すんでのところで受け止められたわけでもない。倒れる角度だった。なのに、今は幽霊が美涼を抱きしめているような形で美涼を受け止めている。まるで、時間を巻き戻したみたいだ。
「え…………」
美涼は呆気に取られる。
「美涼さん、大丈夫ですかー?」
真後ろから、幽霊の心配の声が聞こえる。
「あ……ごめん……!」
慌てて幽霊の腕から離れる。心臓の音が伝わってないか。手汗をかいていないか。
見ると、幽霊の右目が見えていた。慌てて自分を助けたせいか、髪が乱れてしまったのだ。その目は逌楽戯そっくりだった。
だが、奇妙に覚えていることがある。幽霊の手の感触だ。どこか柔らかく、温かかった。




