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美しき寵妃は木こりの娘でした

 ルイーゼさまは、ヴァラス檜の特産地、泉ヶ森近郊の村に、幼いレオンハルトさまとふたりきりでお住まいでした。

 すぐれた建築用材であるヴァラス檜の輸出は、この国の重要な産業でもあります。そういった土地柄もあり、お亡くなりになったお父上もおじいさまも木こりでいらしたそうです。

 初めて来た地域で、目的の場所がわからず、馬から降りてうろうろしていた時のことでした。

 村のはずれにこぢんまりと簡素な、それでも檜の端材を巧みに使った、感じの良い家がありました。

 山と積まれた薪の横で、豊かな金髪をきりっとまとめて、かいがいしく井戸水をくみ上げていた女性が、ルイーゼさまでした。

「あら、お嬢さん? どうなさったの? 何かお困り? こんなあばら屋でよろしかったら、少し休んでいきなさいな」

 おてんばな貴族の娘が、遠乗りで道に迷ったようだ。そう思われたのでしょう。それはもうご親切に招き入れて下いました。

「レオンハルト。お客さまにちゃんとご挨拶なさい。礼儀ですよ。これっ」

 家の前で薪をまとめていたお子さまがいらして、それがレオンハルトさまだったのですけれども、レオンハルトさまはなぜかもじもじなさって、動こうとなさいません。

 しびれを切らしたルイーゼさまは、レオンハルトさまの首根っこを押さえつけて、頭を下げさせようとしました。

 私は少しためらいましたが、素性を名乗りました。ルイーゼさまの顔色は、さっと変わってしまいました。

「あなたが、ロスヴィーダ王妃さま……」

 そして、きょとんとしているレオンハルトさまの肩に手を置いて、きっぱりと仰いました。

「ならば、申し上げたき儀がございます。まだ認められておりませんが、この子はエドムント陛下の御子なのです。ヴァラス帝国の王子なんです。あなたが産まれたマティアス殿下と同じように」

 私は目を見はりました。

「まあ。さようでございましたか。陛下ったら……」

 陛下のご容貌は、決して端麗ではございません。太い眉や、張ったえらなどは、どちらかといえば異相に属するかと思います。けれど陛下があれほどおもてになったのは、女性に対して大変にまめでいらっしゃったからでございましょう。

 お忙しい公務の合間もあらばこそ、はるか南に素晴らしく脚のきれいな娘が多い街があるという噂を聞くなり、氾濫期のエルハーベン大河を泳ぎ渡られたり、北に行けば行くほど少女は神秘さと可憐さを増すという俗説が真実かどうか、急に確かめたくなったと仰って、真冬のザンシャン山脈を軽装で踏破なさったりするお方でしたから。

 おそらくはお忍びでアヴィリオンにまで足を伸ばし、神秘的なアヴィリオンの少女をも、過去に二、三人は身ごもらせていらっしゃるのではというのが私の読みなのですが、アルトゥールさまの元へは、そういった女性からの訴えはまだございませんでしょうか?

 もし今後、認知を請求なさるご婦人が現れましたら、これは人道上の問題ですので鎖国中だからなどと仰らず、至急私にご連絡下さいませ。たとえ担当官が過労で倒れようとも、徹底的な調査を行ったうえ、然るべき待遇をさせていただきます。

 それにしても、アヴィリオンに比べれば、泉ヶ森はまだまだ近うございますが……この小さな村に住む娘さんの美しさを、よくぞお目を留められたものよと、純粋に感嘆してしまいました。

「認知がまだということは、担当官への申し立てはもうお済みになったのですね? 手続きが滞っているのでございましょう。申し訳ないことです。なにぶんにも、その、人数が……多いもので。仕事を急ぐように、私の方からも伝えておきます」

「私が木こりの娘だから、この子は後回しにされてるんでしょう? だって他の身分が高い寵妃さまたちだと、御子が産まれたらすぐ、王子や王女待遇じゃないですか。レオンハルトはもう七つなんですよ。なのにまだ何の音沙汰もないなんて、あんまりです!」

「レオンハルトさま。良い御名ですね。建国王からお取りになった?」

「……だって、せめて、名前くらい、ディングフェルダー王家の血筋らしくないと……」

 唇を噛んでうつむくルイーゼさまをよそに、レオンハルトさまは目をきらきらさせながら、小さな手でお母さまの前掛けを引っ張ってらっしゃいました。

「お母さんお母さん。王妃さま、すごくきれいだね。それにとてもやさしそう」

「王妃さまは二年前までは伯爵令嬢でいらして、何不自由のない生活をなさってたの。王妃さまになられてからも、そうよ。宮殿で優雅に暮らしてらっしゃるから、お綺麗でお優しいままでいられるのよ」

 ルイーゼさまのちくりとした皮肉は、レオンハルトさまには通じませんでした。

 にこにこしながら私を見上げ、こう仰ったのです。

「そうなんだ。じゃあぼくも宮殿で王妃さまとくらしたい」

「何ですってっ。レオンハルト! ちょっとこっちいらっしゃい!」

「やだよ。お母さんすぐぶつんだもん」

 私のドレスの陰に隠れたレオンハルトさまは、あっけなくルイーゼさまに腕を掴まれて引きずられました。

「やだー。王妃さまの前でお尻ぶっちゃいやだー」

「なんなのあんたはっ。認知の遅れで私がしょげてたら、ぼく王子さまなんかじゃなくていい、宮殿なんか行きたくない、ずっとお母さんと一緒に村で暮らすよとか殊勝なこと言ってたくせに。どうしてそうころっと変わるわけ。王妃さまがちょっと若くて綺麗だからって何よその色気づいた態度は。ほんと父親そっくりなんだから!」

「うわぁぁぁーん。痛いよう。王妃さま、助けてぇ」

「……助けてさしあげたいのはやまやまですが……。幼いうちはお母さまに叱られることも大切かと。それにしても、確かに、陛下の御子でいらっしゃいますわねぇ……」

 何と申したらよいのか、とても微笑ましい光景でした。

 あのときばかりは多少、陛下をお恨み申しました。私がこのような立場でなければ、ルイーゼさまともっと親しくなれたかも知れませんものを。

 ルイーゼさまはなんとも可愛らしい、活き活きとした魅力をお持ちの方でした。あの後、流行病でお亡くなりになって十年経ちますのに、なぜか時折懐かしく思い出されます。それは見事な金髪で、菫色の瞳も輝かしい、花のような女性でいらっしゃいました。

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