妖剣に何があったっていうんだ?
六日が、経った。
(あーあ。腹減って眠れねぇや)
固い寝台の上で寝返りを打つのにも飽きて、おれは起きあがった。木製の寝台はなかなかに年代物でカビ臭いが、それはもう慣れた。
おれは、宮殿に引き取られるまでは、泉ヶ森のそばの小さな村で、母親と二人で暮らしていた。
そこは冬は寒く、夏は暑く、土地は固く、風が強い地域だった。木製の粗末な扉はすぐに吹っ飛んで家の中は散らかり放題。だから住環境の劣化はあまり気にならない。
牢獄は殺風景だけど造りはしっかりしてるから、風の吹き込む量も限られてるしな。
種まきの月が、南の国々より遅いヴァラスでも、ここのところ春めいた日々が続いてて、日中の気温は暖かい。まだ夜は冷え込むし、牢獄は岩をくり抜いて造られてるから、湿気もこもりがちではあるけれど。
明かり取りの狭い窓からは、鉄格子の形に区切られて、きっかりと月光が落ちてくる。
見上げれば、今日の月はひどく明るい。月齢は十と四で、明日は満月だ。
あらゆる処刑は、満月の夜と決まっている。
おれの命も今日限りってことだ。
普通さぁ、どんな重罪人でも処刑前夜ってほら、本人の希望聞いてくれて好きなもの差し入れてくれるとか、美女を忍ばせてくれたりとか、するもんじゃないのか。
ああでも、最近は王室財務官の経費節減通達が厳しいから、それはないのかな。
でも六日も投獄されてて、ろくな食事も与えられず身だしなみも整えられないんじゃ、宮廷の貴婦人たちに褒めたたえられた自慢の金髪の艶も消え、菫色の瞳も輝きを失うってもんだぞ。
もっとも、父王殺しの咎で火刑に処せられる予定の王子なんて、貴婦人たちはとっくに見限っているだろうけどもさ。
でもせめて、ひげくらい剃らせて欲しいなぁ。公開処刑だからいろんな連中が見に来るんだしさ。第一その中に彼女がお忍びで来てたらどうするんだよ。あの人がどれだけ哀しんでくれるかは疑問だけど。
――まぁ、レオンハルトさまったら。無精ひげなんか生やしてらしてみっともないこと。
とか思われたら嫌だよ。
無実の罪で明日は火あぶりにされようってのに、我ながら呑気だね。
でもそれは、父上を殺したのがおれじゃないってことが自分でわかってるから、こんなに落ち着いていられるんだと思う。
そうとも。おれじゃないんだよ。
だいたい、動機がないじゃないか。
おれが父上を殺して、何の得があるんだよ。
彼女がらみ?
いやぁ、グレンはそんな風に思ってたようだけど、父上が死んだからって彼女がどうにかなるってことはないぞ。
しかしあれだ、おれじゃないってことは、他に手を下したやつがいるってことだよな。
誰か、明確な動機を持つ人間がいただろうか。
動機。動機ねぇ。
たとえば、父上を殺したいほど恨んでる人、とか?
うーん。そんなやつ、いっぱいいすぎて絞り切れねぇぞ。
父上の代で、思いっきり領土拡張したからなぁ。
戦争仕掛けられて負けて征服された国の人たちは、そりゃ恨んでるだろうさ。
しかも父上、女好きだしな。属国扱いにした国に、手頃な姫君とかいたら、これ幸いと片っ端から寵妃にしてきたもんな。
運命に甘んじて、父上との間に子を成した寵妃の方々も、心の底では父上を恨んでて、子供にも言い聞かせて復讐を誓ってたのかも。
って、あれ、その伝でいくと、おれの動機もいっそう説得力があるってことになるぞ。
うぶな木こりの娘を気まぐれに弄んで、息子が生まれても認知もしないでほったらかしで、その息子が妖剣〈誰彼〉に選ばれたらやっと、重い腰をあげて宮殿に引き取ったんだから。
――そうだなぁ。
村の暮らしはしんどいなりに楽しかったし、おれはそんなに不満はなかった。
本当は王子の身分もどうでもよかった。
けどなんたって、宮殿にいれば、毎日じゃなくても、ほんの遠くからでも、彼女の顔を見る機会が増えるじゃないか。
それだけなんだよ。
おれは父上のことを恨んでないし、女癖の悪さ以外は尊敬できる王様だとも思ってた。
父上が殺されるなんてとんでもないことだと思うけど、あれだな、泣きわめきたいほど悲しいかと聞かれたら、さほどでもない。
今だって、結構冷静にこんなこと考えてるし。
父上は湿っぽいことが嫌いな人だったから、それは許してくれると思うんだ。
――待てよ。
はたから見たらやっぱり、おれが一番怪しいんじゃないか。そりゃまずい。よく考えよう。
ええと。じゃあ父上が死んだら、誰が一番利益を得るのかってことでいくか。
大帝国につきもののお家騒動は、この場合どうなんだろうな。
王位継承権順でいうと第一位は、王妃さまから生まれたたったひとりの王子、マティアスなんだけど、どうだろう、まだ十五なのに武人として名を成していて、次期国王の座が約束されてるマティアスが、今の段階で父上を殺めようなんて思うかなぁ。
ちょっと苦しいけども、たとえば若いマティアスを王座につけて、自分は摂政とか大臣とかになり、黒幕としてこの国の支配を企んでいる重臣がいたと仮定してみようか。
いや、でもなぁ。
今のヴァラス帝国は、父上だから治まっていたんであって、他のおっとりした貴族連中じゃ無理だよ。それにみんな前例重視主義でさ、そんな骨のありそうなやつ、いなさそうだぞ。だれもかれも陛下陛下って父上の決済なしでは動けないって、忙しい父上が嘆いてたもんな。
「少しくらい野心家でも腹黒くてもいい。私の片腕として懸案事項を処理してくれる、優秀な人材が欲しい」ってさ。
だから、影の黒幕説はなしとして。
後は、もっと下位の継承権を持つ庶子連中の誰かか。
けど、これもなぁ。
父上はなにせ、その手の甲斐性のありすぎな人で、おれの異母兄弟の数ときたら冗談はよせってくらい大量なんだ。誰がどの寵妃の子供なんだかも、すぐにわかりゃしない。
今のところ宮殿で暮らしている王子は、世継ぎのマティアスを除けばおれだけだ。それってすごい特別待遇に見えるけど、なぁに、身分の高い寵妃の皆さんは、それぞれ別に館をもらって、そこで庶子たちを養育してるんだ。
おれはそういうわけにはいかなかっただけのことで、特に父上に可愛がられてたとか、目をかけられてたとかってことはないはずだ。
ええと。おれの王位継承権、何番目だっけ。
たしか王子が十九人で王女が二七人で、継承権は本人の性別や年齢に関係なく母親の身分に左右されるから……四六番目……いや違うぞ、他に縁戚の公爵とか子爵とか伯爵とかいるから。
……ふぅ降参、まったくわからん。
それに担当官がまだ調査中で認知を保留してるのが数人いるし、今後また、若干変動する予定だしな。
そこまで考えて、やっとおれは、ある人のことだけは除外しようとしていたことに気がついた。
父上の浮気性に悩まされていたはずの彼女――十四でフラウエンロープ伯爵家より嫁ぎ、十五でマティアスの母になった、王妃ロスヴィーダさまのことを。
まさか。彼女が。
……いや、よそう。それよりも。
そうだ。ミケ。ミレーヌケティは、今どうしているんだろう。
ミケは妖剣に封じられているから、分離して実体化しているときでも、基本的には妖剣と接触したまま存在しているはずだ。
妖剣はおそらく、王殺しの凶器として厳重に保管されてるだろうから、一緒に閉じこめられてしまってるのかも知れない。
ミケに会えればなあ。
あの骨董品屋の親父が、どういう経路でどういうやつに妖剣を渡したか判るだろうし、父上が本当に妖剣で殺されたのなら、現場で下手人の顔を見ているはずだから。
(……ん?)
不意に、月光が遮られた。
窓の外に、小さな影が見える。
と思う間もなく、鉄格子の隙間から、ある生き物が苦労しつつ入ってくる。
燃え立つような炎の色の、小さな蜥蜴だ。口には小さな短刀をくわえている。
「ミケ! よく抜け出せたな。無事だったか。……いや、あんまり無事じゃないみたい……だな」
妖魔ミレーヌケティの実体は、古代獣に属する火蜥蜴だ。それも、かなり巨大な。
初めて見たとき、おれはまだ子供だったし、怖くて怖くて泣きわめいたぞ。火蜥蜴以外に美人のお姉さんにも変身できるって知って、やっと泣きやんだくらいでさ。
なのに。この小ささは尋常じゃない。
おれは慌てて、窓の下に走り寄った。
鉄格子の間隔はかなり狭いが、火蜥蜴の体はさらに細かった。ミケは、よいしょ、という感じで、短刀と自分の体を鉄格子から通し終わり、おれを見下ろした。
「どうしたんだミケ。そんなにちっちゃくなっちゃって。おまえ、もっとはったりの利いた、岩山みたいなでっかい火蜥蜴だったのに」
「むごっ。ふごーっ」
「喋るなぁぁ! 口開くなよ馬鹿。おれが下にいるんだぞ。その短刀が刺さったらどうしてくれる……うわぁぁぁ」
「馬鹿はどっちよ! あんたが孔雀翡翠に目がくらんで妖剣を貸しちゃったから、こんなややこしいことになったんじゃないの」
ミケが大口を開けて叫んだので、落っこちた短刀は、牢獄の床の土をざくりとえぐってから、転がった。
「あっぶねぇなぁ」
拾い上げ、ざっと眺めた限りでは、質素な鉄製の短刀で、町の鍛冶屋が出店にずらっと並べてる類の代物だ。そんなにいい品にも思えない。
だけどなぜか、あつらえたように、おれの手にしっくり馴染む。
まるで妖剣〈誰彼〉を、初めて手にしたときのような感覚だ。
「それが本物の〈誰彼〉よ。王の背中に刺さっていた凶器は偽物なのよ。どちらにも、めくらましの魔法がかけられてるみたい」
窓枠に張り付いたままだった火蜥蜴は、おれの足元めがけて、ひょいと飛び降りた。
空中でくるりと回転し、着地したときには、人間の女の子の姿に変化していたのだが。
またもやおれは仰天した。
「どどど、どうしたんだ。いつもの色っぽいお姉さん姿は、どうなっちまったんだ?」
「それがねぇ。なんか私、魔力を吸い取られちゃったようなのね。……だめだわ。まだ頭ががんがんする」
目の前でしゃがみこんでいたのは、赤い服を着た、小さな女の子だった。
ふんわりした猫耳が、心細げに震えている。
……妖剣のあるじになりたてのころは、ガキだったせいもあってそんなでもなかったんだけど。
そうだな、三、四年前あたりからかな、ミケが人間のお姉さん姿になると、その色気に当てられて、どうしてくれようと思いはじめてさぁ。
胸はでかいわ腰は細いわ、着てる服は古典的なル・ガルダ様式に則った衣装なんだそうだが、これがまた青少年には目の毒なくらい露出度が高い。しかも、伝説の妖獣〈猫〉の耳が付いてるときてる。
いやおれはロスヴィーダさま一筋だから、彼女以外は目に入らない、はず。
はずなんだあああ。
そう言い聞かせないといつ理性がぶっとんでもおかしくなかったぞ。危ねぇ危ねぇ。
だけど今、小首をかしげ額に手をあてている女の子は、あどけない顎の線に、尖らせた唇も愛らしく、せいぜい十歳くらいにしか見えない。
ふわりと長い桃色の髪と、切れ長の真っ赤な瞳だけがかろうじて、あでやかなお姉さんに変身していた妖魔ミレーヌケティを彷彿とさせるだけだ。
「これが〈誰彼〉か。なんてこった」
妖剣は、もともとは建国王レオンハルトが愛用していた名剣だった。大振りで形のいい、やたら重い剣だった。
あっけないくらいに軽い短刀になってしまった〈誰彼〉を、投げあげては受け止めて、小さな女の子になったミケを振り返る。
「なあ。おまえはずっと、誰彼のそばにいたんだろう? いったい、どういう流れでこんなことに。……大丈夫か? 具合悪いのか?」
ミケはちょこんとすわって、頭を抱え込んでいる。
「うん……。六日前の夜、骨董屋の親父さんを誰かが訪ねてきたのね。その人、身許を隠したいらしくて、すっぽりフードを被ってて。私はそのとき、ちょうど人間の姿で分離してたから、すごく珍しそうに話しかけてきたの。でも声とかわざと低くしてて、男だか女だかもわからなかった。でね。その人、いきなり親父さんを前にして呪文を唱えたの。それが眠りの魔法の旋律だったことまでは覚えてる。で、すぐに、今度は私に向かって、全然別の魔法を唱えたの。そしたら、すっと気が遠くなって」
ミケががたがたと震えだしたので、おれは驚いた。
「……あんな呪文、知らない。聞いたことない」
遠い昔に封印され、妖剣が使われるときにしかその力を発揮できなくなったとはいえ、火蜥蜴の妖魔ミレーヌケティは、古代獣の中でも最強の魔力を誇る。
その妖魔が、まるでいたいけな幼子が誰かに虐待されて、命からがら逃げだしてきたみたいになっているなんて。
「アヴィリオンの魔王、アルトゥール」
「え?」
「そのフードを被ってたやつが、そう呟いてたのが聞こえたの」
「第1の証言 王子レオンハルト」にお目通しいただき、ありがとうございます。
庶子なのに(それもすっげー下位の)伝説の妖剣《誰彼》のあるじであったばかりに最有力容疑者となった、王子レオンハルトのコメントをお届けしました。
いやあ、どう考えてもこのひと殺ってなくない? という感じですね。
ブックマーク・評価・ご感想(念話でも可/念話はキャッチできない場合もございます)などいただけますと、謎の舞踏を踊って喜びます。
次回、妖魔ミレーヌケティ、愛称ミケちゃん(猫耳)の証言をお届けします。
それでは、レディGO!