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おれは無実だってば!

 寝耳に水だった。


 おれは、ふかふかの寝台で青ガチョウの羽根入りの上掛けを抱きしめて、いい夢を見ている真っ最中だったんだ。


 夢の中でおれは、憧れの女性に、宮殿中庭の片隅にあるルヴェス梅の老木の下に呼び出されてた。

 そこは日中でも人影がなくってさ、植え込みもおあつらえむきに柔らかい草でできてて、よく密会に利用されたりしてる場所だったりする。


 で、思い詰めた顔で、秘めた想いを打ち明けられた。

 現実の彼女は、おれなんか全然眼中になくって、絶対になびくはずがない人なんだ。


 その彼女が恥じらいながら、

「ずっと隠してました。けれど、実は前々から私、レオンハルトさまを……。でも、許されない関係ですわね……」

 なぁーんてことを言ってくれちゃってるわけだよ。

 沈む寸前の夕日が、きっちりと結い上げられた彼女の褐色の髪を、朱に染めている。

 それが何だか、最初に会ったあの日、一緒に〈月の泉〉へ行ったときのことを思い出させて、おれはちょっと泣きたくなった。

 夢とはいえ、いや夢だからこそ、そりゃあもう有頂天だとも。

 すごい勢いで彼女の手を引っつかんで、そのまま植え込みの陰へ直行したさ。


 せっかちなのは十七歳の青少年だからってことで、勘弁して欲しい。もたもたしてて彼女の気が変わっても困るし、夢から醒めたらそれこそおしまいじゃないか。


 そういう肝心な時に、おれは叩き起こされた。

 それも。

 とんでもない理由で。

 

「大変残念です。レオンハルト・フォン・ディングフェルダー殿下。あなたさまを、ヴァラス帝国第百四七代国王エドムント・フォン・ディングフェルダー陛下殺害の罪により、拘束・投獄させていただきます。七日後には宮殿前広場にて処刑となります。どうぞお覚悟下さい」

「はぁぁ?」 


 いい夢をぶちこわしにされたばかりか、目を覚ましたとたんに、こわもての近衛隊長の顔が目前に迫ってたから、おれは怒ったね。


「何ほざいてやがるグレン」

「再度申し上げます。あなたさまを国王陛下殺害の罪により」

「寝言は寝て言えよ!」

 言葉を遮り、傷痕だらけの無骨なつらをはり倒してやった。

「寝言を仰っておられるのは殿下のほうかと」

 近衛隊長は、いつもどおりの真面目な態度を崩さずにおれの手首を押さえた。

「失礼いたします」

 おれの部屋に踏み込んできたのは近衛隊長だけじゃなかった。おれは夜間着のまま、よってたかって囚人用の縄をかけられてしまった。


 わけがわからない。


 下士官たちに両脇を固められて、部屋を押し出された。

 真夜中のことで、暗い廊下は静まりかえっている。宮殿の外へ出ると、夜の冷気が体にしみた。


 星空がまぶしい。

 方向からいって、どうも牢獄へ連行されていらしいことに気づきながら、おれはまだ、ねぼけまなこをぱちぱちしていた。


 父上の信頼の厚い近衛隊長、グレン・ドナウアーは、真面目すぎて融通が利かないところが欠点ではあるが、基本的にさっぱりした気性の、感じのいい男だ。

 おれは父上が木こりの娘に生ませた庶子だったから、宮殿に引き取られてなじむまでにはそれなりに苦労した。けれど、グレンはおれの生まれた村近くの出身だったってこともあって、最初から親切にしてくれたんだ。

 世継ぎの王子のマティアスと同様に、剣の稽古もつけてもらった。

 マティアスはおれより二つ下で、まだ十五になったばかりだけれども、剣技の才能はすごいし戦術にも優れている。十二歳の時から戦場で軍功もたてている。

 おれときたら剣の腕はからっきしで、全然上達しなかった。グレンは、自分の教え方が悪いのでしょうか、って、いつもぼやいてたっけ。

 加えて、かなり問題のあったおれの基礎教養を補強するために、家庭教師をつけるよう父上に進言までしてくれた。おれは勝手に、兄上がいたとしたらこんな感じだろうかと思っていた。

 だからまだ、緊迫感が湧かない。

 何が起こったのかわからないないけれど、すぐに疑いは解けるだろうという気持ちがある。だって、これはただの誤解なんだから。


「えっと。父上、死んだの? 殺されたの? いつ? なんで? だって昨日はあんなに元気でリタを口説いてたじゃんか」

「つい先刻、あなたさまが無惨にも手を下されました」

「しらねーよ! あれ? そういやグレン、リタのこと気に入ってたよな。可愛いし気だてもいいし」

「それはこの期に至っては無関係なこと」

「あのさぁ、おれは父上を殺したりしてねぇよ。だって、ずっと寝てたんだよ。夢の中だったんだよ。ていうか、もうちょっとで彼女と……、畜生いいところで」

「とぼけられても無駄です。申し開きは不可能な状況でございますから」

「おい待てよ。拘束から処刑まで問答無用で一直線なんて言わないよな、いくら何でも。捜査とか裁判とかあるだろ普通。王室規範に準じれば」

「はい。疑いの余地がある場合は。しかしこの件に関しましては、あなたさま以外に下手人が存在するはずはございませんので」

「なんで?」

 グレンは硬い表情を崩さない。歩をゆるめずに、ぼそりと言った。

「あなたさま専用の愛剣、妖剣〈誰彼〉は、いかがなさいました? お持ちではないようですが」


 ぎくっ。


 それについては、少々やましい事情があるんだな。いや、殺しとは関係ないんだけど。


「あれはちょっと、そのぉ……。言わなきゃだめか?」

 妖剣〈誰彼〉ってのは はるか昔、勇者レオンハルトが、災厄を呼ぶ妖魔ミレーヌケティを封じ込めた、いわくつきの剣だ。

 伝説によれば、ヴァラス帝国の祖は、勇者レオンハルト・フォン・ディングフェルダーということになっている。太陽の女神の神託を受け、妖魔ミレーヌケティに支配されていたル・ガルダ大陸を救った英雄だ。

 貧しい小国だったヴァラスは、建国王となったレオンハルトのもと、著しい発展をとげた。

 現在の領土は、北は天を突くザンシャン山脈、南は遙かエルハーベン大河にまで及び、ル・ガルダ大陸屈指の大帝国となっている。

 ちなみにおれの名前もレオンハルトだ。

 勇者兼建国王がおれと同じレオンハルトで紛らわしいんだけど、死んだ母さんは身分が低いことを気にしてたから、名前だけでも由緒正しいのを、って思ったんだろうな。

 おれが妖剣にあるじとして選ばれた時は、これでディングフェルダーの血を引く王子だと証明されたって、大喜びだったし。


 そう。

 妖剣〈誰彼〉は妖魔ミレーヌケティを内包したまま、ディングフェルダーの血筋の者に受け継がれていく剣なんた。

 自らあるじを選び、所有者に最強の力と、それに付随する呪いを与える。


 ……なんだけれども、選定基準はよくわからん。

 あ、選ばれたこと自体はありがたいと思ってるよ、うん。

 だけどそもそも、なんでおれが選ばれたのかが、未だに不明だったりするんだな。

 建国王の血を引く者に限るっていう割には、直系から選んでいるようでもないしな。前の持ち主も、父上じゃなくて、父上の異母弟にあたるヴィードラ公爵だったっていうし。

 優秀な剣士限定、ってんなら、まだわかるんだよ。剣の達人といえば必ず引き合いに出される建国王レオンハルトをはじめとして、妖剣の歴代の所有者は、戦場で大活躍の猛者ぞろいだったそうだ。

 でもおれは、剣を使うのが下手くそだ。

 しかも。

 それ以前に、血なまぐさいことが苦手なんだよなー。

 妖剣の威力はものすごくて、どんな大軍団を相手にしても連戦連勝、らしい。

 だけども、おれは戦場に出たことがないし、妖剣を使ったこともない。だから、どんな風にすごいんだか知りようもない。

 呪いっていうのは――ミレーヌケティから今までの所有者の末路をしつこいくらいに聞かされてるから、いやでもわかる。

 妖剣〈誰彼〉の所有者は、必ず、愛する女に殺されてるんだ。


 ……でもさぁ。

 好きな女に殺されるのなんて本望じゃん、そんなの。

 だからおれとしては、そういうのを呪いとは思わない。


 どうもミケは――いやおれは時々剣から出てくる妖魔ミレーヌケティがなかなか色っぽいお姉さんで、しかも猫耳つきなんでいまいち憎めなくてさ、ついついミケ呼ばわりして怒られてるんだけども――ミケちゃん、勇者レオンハルトにすげえ恨みを持ってるみたいなんだな。

 自分と戦った敵に対する怨念てだけだったら、何も代々の子孫につき合うことないと思うんだ。ミケはその辺はっきり言わないけど、あの執念深さはたぶん、色恋の恨みのような気がするぞ。呪いの傾向から考えてもさ。

 ご先祖さまのことを悪く言うのもあれだが、勇者とか英雄とかの伝説って眉唾くさいよな。後付けの逸話って美化されがちなもんだし。

 だいたい、妖魔に支配されてた時代のル・ガルダ大陸は、勇者が立ち上がらなきゃならないほど荒れてたのかね?

 思うに建国王レオンハルトの妖魔退治は、実際には、まずは隣国を、次はそのまた隣国をって感じの、地味でどろどろした征服と併合の歴史だったんじゃないかなぁ。大陸の民がこぞって喝采したわけでもないだろうし、かなり反発もあったと思うんだよな。

 ともあれ、〈誰彼〉はそういういわくつきの妖剣だ。だからこそ、好事家にとってはたまらないものらしいんだ。

 おれ以外には使うことはできないから、他の誰が手にしても意味はない。

 けど、物好きな骨董品屋の親父がいてさ、しばらく眺めるだけでいいから貸してくれって言われたんだよ。

 そりゃ一度は断ったさ。

 だけど、珍しい孔雀翡翠の首飾りをくれるっていうから、つい。

 ……預けちゃったんだ、期限付きで。

 だから今、手元にはないんだな。

 孔雀翡翠は恋愛成就のお守りで、それを使った装飾品を渡すことは最上級の求愛表現になる。渡した女性とはどんな障害があっても結ばれるっていわれてる。

 ……ああ。そんなの本気で信じちゃいないとも。でもたとえ気休めだろうと無駄だろうと、おれは『彼女』に孔雀翡翠を渡したかったんだよぉ。

 なのでがらにもなく、もじもじしてしまった。首飾りと引き替えに妖剣を骨董屋に貸したのが恥ずかしかっただけなんだが、それがグレンには、痛いところを突かれて動揺してるふうに見えたらしい。

 ひどく冷たい声で断じた。

「あなたさまを買いかぶっていたようです。邪恋で身を滅ぼす方ではないと思っておりましたものを」

「どういう意味だよ!」

 グレンは、おれの好きな女が誰なのか、前々から気づいているようだった。報われないどころか、陛下に対する反逆になるからと、本気でいさめられたことがある。

「私とて、信じたくはございません。血を見るのがお嫌で、虫一匹殺せないはずのあなたさまが、あのかたを手に入れたいがゆえに父君を殺めるなど。ですが」


 足を止め、息を吸い込んで向き直る。

「エドムント陛下の背には、妖剣〈誰彼〉が突き刺さっておりました」

「……!?」


「この世にふたつとない剣、あなたさま以外には使用できない剣が。これをどう釈明なさるというのです!」


 なん……だって?

「馬鹿な。あり得ない」

 妖剣は、所有者以外には使えない。

 すなわち、おれ以外の人間がどんなに力まかせに頑張っても、鞘からは抜けない。もちろん、人を殺めることができるはずもない。


「ですから、あなたさまが下手人なのです」

 グレンはゆるゆると首を振り、黙り込んだおれの背を押した。


 もう、牢獄の前についていた。

 宮殿の東のはずれ、一度入れられた者が再びそこを出るときは処刑当日のみという、死刑囚が放り込まれる棟だ。 

 錆びた鉄の扉が、いやな音を立てて開けられる。

「父王殺しは重罪です。ゆえにあなたさまは、七日後に宮殿前広場にて、生きながら火刑に処せられる予定なのですが」

「グレン」

「そうですね、せめて、斬首にならぬものかどうか、緊急貴族議会が招集され次第、申し立てをしてみます」

「グレン……! おれは無実だ」

「……そうすれば、苦しみは一瞬ですみますから」


 それが、最後の、ご奉公です。

 その言葉と共に、扉は閉じられた。

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