あるいは、魔王アルトゥールの憂鬱
*こちらは、以前pixivにて公開していたものを、改題/改稿した小説です。
少しでも楽しんでいただければ、うれしく思います。
「……厄介なことになった」
魔王アルトゥールは大袈裟にため息をついた。
しなやかな黒髪は艶を失い、端正なおもてには疲労の色が濃い。日々の激務のせいである。
ここは魔王国アヴィリオン。浮遊城ファルケンシュタインの「下僕の間」である。
いや、本来は「謁見の間」であるのだが、民の直接陳情に追われているアルトゥールは、自嘲気味にそう称している。
王とは、民の下僕である。
それが生真面目で苦労性なアルトゥールの信条だった。
「厄介じゃないことなんてありましたっけ?」
たったひとりの使い魔、水龍タイザーマーリア、愛称タマが、幼い女の子のすがたで小首を傾げる。
淡い水色の猫耳が、せわしなく動いた。
「ぼやいている暇があったらおしごとおねがいします陛下。ロスカスタニエ地区の人気居酒屋『雨宿り亭』の女将さんが、ご亭主の不倫疑惑について相談があると」
「それは誤解だったということで一件落着しただろう」
「また新たな女性問題が浮上したようです」
「女将も難儀なことだ。陳情に優劣はないが、優先順位はある。少し待ってほしいと伝えてくれ」
「何か、大事件でも?」
「ああ。ヴァラス帝国の王、エドムントが殺害された。凶器は妖剣〈誰彼〉。第一容疑者は王子レオンハルト。王子といっても数多い庶子のひとりだが、伝説の妖剣〈誰彼〉に認められたあるじとして勇者扱いされている。父王のお覚えもめでたく、巷では、世継ぎの王子マティアスを差し置いて次期国王になるのではと評判だ」
「そんな王子さまが、どうして父王を殺める必要があるんです? 動機がないじゃないですか」
「レオンハルトは父王の正妃ロスヴィーダに恋情を持っているらしい。しかも、妖魔ミレーヌケティが封じられている〈誰彼〉は、レオンハルトにしか抜刀できない」
「ああ、それなら納得です」
タマは大きく肯く。
アルトゥールは腕組みをし、視線を彷徨わせた。
「レオンハルトにしか犯行はなし得ない。状況証拠が揃っているし動機も十分。容疑は確定し、裁判はすっとばして、処刑は七日後だ」
「じゃあ、事件解決ということでいいじゃないですか」
「おいおい」
「アヴィリオンは鎖国中ですし、ヴァラス帝国でのもめごとは管轄外です」
「そうもいくまい。レオンハルトが火あぶりに処せられようと正直どうでも良いが、あるじの苦境にミレーヌケティがどんなに心を痛めているかと思うと居ても立っても居られない」
「ああ、それもすごく納得です。陛下はミレーヌケティさんに報われるはずのない恋ごころをしつっこく抱いてらっしゃるから」
「それは言うな」
「だから、使い魔のあたしを造形するときも、ミレーヌケティさんに似た猫耳を付けたりして」
「それは言うなというのに!」
「ですが、本当にそれだけですか? 他にも重要な理由があるのでは?」
「……そんなことはない」
「ふうん。ご自分に何の益もないのに、ほんと、いい方ですよねえ。いい方って、好き好んで損ばっかりするんですよねえ」
使い魔の声など聞こえぬふりをして、アルトゥールは空に手を差し伸べ、水の精霊を集め始めた。
すでに夜は更け、アヴィリオンの空には、青みを帯びた月が煌々と輝いている。
金粉を振りまくようにきらきらと集まってきた精霊たちは、黒絹めいた夜空に白い虹を架けていく。
ひとびとの〈独白〉を集めることが可能な遠隔魔法、〈夜の虹〉だ。
ヴァラスの王子、庶子レオンハルト・フォン・ディングフェルダー。
いにしえの妖魔にして剣に封じられた火蜥蜴、ミレーヌケティ。
重臣フランエンロープ伯爵の娘、王妃ロスヴィーダ。
正妃ロスヴィーダが産んだ、世継ぎの王子マティアス・フォン・ディングフェルダー。
そして、異なる世界から迷い込んだ少年、ミヤサカ・ナオキ。
(それに)
アルトゥールは思う。
動機だけなら、自分にもあるのだ、と。
ともあれ。
事件関係者への事情聴取は、このようにして開始された。
プロローグにお目通しいただき、ありがとうございます。
この作品はフィクションであり、なんちゃってファンタジーかつゆるゆるミステリでありまして、ちゃんとしたファンタジー小説や本格ミステリとはあんまり関係ありませ……いや、関係したいですけど深い仲になりたいですけど!
そんな心の叫びをお汲み取りいただけた素敵な方は、ぜひ、ブックマークとか評価とかご感想とかよしなによろしくです(ずうずうしい)。
次回、最有力容疑者の、王子レオンハルトの証言をお届けします。
それでは、レディGO!