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考えた所

作者: 北瓜
掲載日:2024/01/04

「三年生零学期」「風呂でも勉強」などと口うるさく学びの重要性を説く教師たちからも解放された春休み、自宅から車で数時間ほどの場所に位置するのが母親の実家である。

およそ一年ぶりに出会う祖父に変わった様子はなく少し安心した。正月に用事があり訪ねることができなかったためか、祖父はお年玉をくれた。この歳になっても貰えるのはとてもありがたく、祖父に感謝の言葉を述べ素直に喜んだ。

だが、その気持ちに冷や水を浴びせるように母親はお年玉の徴収を要求した。予期してはいたが、やはり今年もか。四割不満、六割諦めの気持ちで彼女に抗議するも結局返ってきたのは"大学受験の資金にする"という言葉だけだった。

我が家は著しく貧しいわけでもないが、公務員の片働き世帯であるためどうも財布が冷たい。必然、大学は私立よりも国公立に進むことを望まれていた。もちろんそれに異を唱えるわけではないが、物心ついた頃から毎年のようにお年玉が虚空に消えていくのはわずかな苛立ちを覚えていた。

母親は銀行に預金するため夕方までに自分に預けること、と言い残し買い物に出かけた。ホッチキスのような重いやるせなさが残ったが、どうしようもないので久しぶりに訪れたこの家をまた探検することにした。

ゆっくりと、木造の家らしい足元の冷たさを感じながらぼんやりとした顔で廊下を歩いた。頭の中では先ほど母親に言われた言葉を咀嚼している。だいがくじゅけん、と小さく口に出してみるがまるで実感が湧かない。もう一年を切っているはずだが、どこか遠い世界の話に聞こえる。

ふと、足を止めるとやけに新しい扉がある。去年にはこんな扉はなかったはずだ。何も考えずに開けてみた。

清潔感を感じる白い壁、少し高い位置にある窓、手前にある手洗い用の水道、そして光沢を持つ洋式の便器。

なんのことはない、ただのトイレだった。考えてみると祖父の部屋がある西側にはトイレが無く、用を足すには玄関の近くまで行かなければならなかった。見かけでは分からない彼の老いを感じた。

トイレは清潔に保たれていたが、よく見ると窓の下に何か窪みがある。用を足したくなったのでそのままトイレに入った。横長の長方形の窪みには本が二冊立てかけてあった。どちらも聞いたことのない作家の本だ。

どうせならばと便器に腰掛け、青色の表紙の本を取った。短編集のようで、そこまで字も多くない。

半分ほどまで読み進めた時とある単語が気になった。ナナカマド、と書いてある。ナナカマド?先々週の数学の期末テストで叩き出した点数ほど謎めいている。前後の文脈からその謎を理解しようとしたが、分からなかった。

どこかで聞いたことがあるような、と頭をひねるが思い出せない。七火窓、奈中迷、菜々鎌戸、いろんな漢字を当てはめてみるが、意味不明な文字の羅列が出来上がり、余計に分からなくなってしまった。

モヤモヤを通り越してイライラに達そうとする感情を落ち着けるために、自己流の意味をこじつけることにした。いつものように自分にとって都合の良い意味を探す。捏造は力強い味方だ。

五分ほど考えていただろうか、突然妙案を思い付く。嘘をつくという意味をこの謎に付与しよう。中身がスカスカなそんな単語になりそうだったがそんなことはさして重要なことではなかった。自分にとっての「ナナカマド」は「嘘をつく」ということ。

突然、頭の中を覆っていたどす黒い煙が晴れるようなそんな心地よい気分になった。さっきまで考えていたお年玉のことがどうでも良くなった。

便器から立ち上がり、水を流し、手を洗い、廊下に出ると、私はポケットに突っ込んでいるぽち袋の万札を千円と入れ替えてやろうと思いながら陽のない廊下を駆けた。

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