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星空を呑む  作者: 柚里カオリ
2章 天姿国色
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第5話 闇の化け物

 夕日が傾き、地平線の向こうへと消えて行こうとしている夕暮れ時。日が完全に沈んでから外に出て、ヨナに言われたように死ぬのも嫌なので、風が一層冷たくなってきた時間に家を出た。


 海に近い田舎町の星守町は、年々減る人口に伴って、放置された建物がそこら中にある。丘の上にある天文台も、昔は活発に天体研究で使用されていたが、いまやそれは見る影もない。少しずつ、少しずつ寂れていく町の夕暮れ時は、なぜか無性に物悲しく感じた。


 学校から少し離れた所にある廃ビルは、かつては学習塾だったはずだ。子供が減るにつれて生徒数が減り、数年前に潰れてから建物だけが取り残されている。雨風に晒された建物は半壊し、悲しげな雰囲気を漂わせていた。


 夕暮れ時の廃ビルの前に、ヨナが立っている。俺に気が付いて顔を上げ、じっと見つめて来た。日が沈むにつれ、冷たくなっていく空気が肌を刺すようで、分厚いコートを着込んできた俺とは対照的に、ヨナは学校の制服である紺色のセーラー服を一枚着ているだけだった。見ているだけで寒々しい。


「ちゃんと来たのね」


「……そりゃ、あれだけ脅されたら来ないわけにもいかないでしょ……」


「脅してなどいないわ。事実を言っただけ」


 平然とそう言うと、ヨナは俺に背を向け「行くわよ」と廃ビルの中に入っていった。慌ててその後を追い、廃ビルに入る。乱雑に放置された机や椅子は学生塾だった頃の名残だろう。荒れ果てた廃ビルの中はとても暗く、ヨナが暗闇の中に消えていきそうで、大慌てでその背中を追いかけた。


「日が沈み、夜が来る。夜が来れば闇が来る」


「え?」


 ヨナが二階に続く、半壊した階段を登りながら言う。思わず聞き返したが、ヨナは振り返ることなく階段を登っていき、崩れた段差に足を取られないように気を付けながらヨナの後を追った。


 二階にたどり着くと、ヨナは崩れ落ちた壁の向こうを見つめ、沈んでいく夕日を見ていた。夕日に照らされるヨナの姿があまりに美しくて、思わず目を奪われる。この世のものとは思えない美しさだった。


「闇が来れば、なにが来ると思う?」


「え……」


 ヨナが振り返り、俺を見る。ヨナの後ろで夕日が沈む。その奥から、夜の闇が顔を覗かせていた。


「化け物が来るのよ。闇から生まれた化け物が」


 顔を覗かせた夜空に、爛々と光る星が見えた。


 違う。それは、なにかの目だ。


「な……⁈」


 夕日を呑み込み、やって来た夜空からなにかが這い出そうとしている。それは、呑み込まれそうな闇をドロドロに溶かしたようなナニカ。目を爛々と輝かせ、大きな手を伸ばして空から這い出して来るそれは、奥に見える山よりも大きく、おぞましい。


 明るい空を追いやるようにやって来る夜の闇の中から、次々とおぞましい化け物が這い出して来る。化け物は町へと降りると、不気味な目を光らせながら徘徊を始める。


 それは、恐ろしい夜の世界。


「空に浮かぶ星々は、あの化け物たちが降りてこないよう、抑えていたのよ」


 ヨナが空から這い出す化け物を見つめながら言う。その光景は、とうてい現実とは思えない。悪い夢を見ているようだ。


「あの化け物たちは光を恐れている。光が消えた夜の世界でしか生きられない」


「……あ、あんなの、誰も言ってなかった……」


 世界の終わりだの、神の思し召しだの嘯いていたワイドショーでも、あんな化け物の存在は語られなかった。外に出ると人体に害が及ぶかもしれないと言い出した専門家だって、夜の世界にあんなものがやって来るなんて一言も言っていない。害が及ぶどころの話じゃないじゃないか。


「ええ。だって、あの化け物たちは闇に姿を隠し、けして光のもとには現れないもの」


「そんな……」


「化け物たちは、また夜空に星が浮かんでしまうことを恐れているわ。空に星が浮かべば、夜の世界ですら生きられなくなってしまう。空の闇の中に永遠に囚われることになる。だから、あの化け物たちは、どうしても聖星石を手に入れたいのよ」


「え?」


 聖星石とは、俺の体内にある石のことじゃないか?


「聖星石の欠片を呑み込んで、永遠に聖星石が戻らなければ、自分たちを捕らえる星は永遠に現れない。つまり、あなたは夜のたびに、あの化け物たちに襲われるということよ」


 身体から血の気が引いていくのを感じた。あのおぞましい化け物たちに襲われるのか? 俺が?


「命の保証はないと言ったでしょう」


 ヨナが振り返って俺を見る。その瞬間、俺の胸元が光り始めた。


「⁈」


「ああ、やはり」


 淡く光り輝く自分の身体が不気味でならない。すると、ヨナがゆっくりと俺に向かって歩いてきた。その瞳に映るのは、俺の後ろにある階段だ。


「寄って来たわね。それに、欠片まで持ってきてくれた。ご苦労なこと」


 俺の横を通り過ぎたヨナが言う。その横顔を目で追うと、ヨナは不敵な笑みを浮かべて階段の先にある闇を見つめていた。


 闇の中から、大量の化け物が現れた。


「うわああ⁈」


 思わず悲鳴を上げる。ゾロゾロと階段を登って来るそれは、夜空のような深い青色のドロドロとした身体をした、蛙のような姿の化け物だった。その化け物が階段の闇の中から無数に這い出して来る。


 悲鳴を上げるとともに尻もちをついた。化け物の爛々と光る目がおぞましい。その目はすべて、異様な光を放っている俺を見つめている。


「死にたくないなら離れないで」


「え」


 聞こえた声にヨナの方を見たその瞬間、ヨナがスカートの両裾を掴み、持ち上げた。ヨナの細く白い足が露になり、思わずギョッと目を見開く。


「ちょ⁈ 見えっ……⁈」


 慌てて目を塞ごうとしたその時、ヨナが持ち上げたスカートの中から飛び出した何かが、こちらに向かって来ようとしていた化け物たちを薙ぎ払った。

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