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二月の電車

作者: にぼし

 「早く受験終わらないかな」

 無意識に零れた言葉も左柄の耳にはしっかりと届いていた。

 「そんな気持ちで受けたら落ちるよ」

 「そんなこと言うなよ。ただでさえ気落ちしてるのに」

 電車の中は自分と左柄以外に、仕事帰りのサラリーマンが数人乗っているだけだった。みんな疲れているようで、何も見ずに目を閉じていた。窓の外は暗く、たまに街灯の光が流れるくらいだった。

 「流れ星みたい」

 返事はないが、僕の言葉で顔を上げた左柄の姿が車窓に反射して見えた。

 「合格しますように」

 「願っても絵は上手くならないよ」

 左柄は溜息をつくように言う。

 「わかってるよ、そんなこと。だからこんな時間まで残ってさ」

 そこまで言って、直ぐに「ごめんね、こんな時間まで付き合ってもらって」と左柄に謝った。

 美術大学の受験まであと一週間を切っていた。周りのみんなは合格していく中、自分だけがいつまでも合格できずに、二月半ばの今でも終電ギリギリまで画塾に残って絵を描いている。左柄はとっくに東京の有名美術大学に合格しているにもかかわらず、こうやって僕の練習にいつも最後まで付き合ってくれていた。

 「鹿江に付き合ったつもりはないよ。自分の為。俺もまだまだ練習しないといけないし」

 「左柄でもまだまだなら、僕はどうなるの」

 嘆くように言うと、足元に挟んでいた画板が音を立てて倒れた。慌てて車内を見渡す。誰もこの音に気付いていないように、目を閉じたままで少し安心する。画板を拾った時、画塾の先生の言葉が脳裏に浮かんだ。「なんで分からないかな」呆れたように言う先生の言葉は聞きなれているはずだったが、焦りもあって深く心に刺さっていた。

 「このままだったら、本当に落ちるかも」

 自分の声とは思えないほど弱々しかった。今にも泣きだしそうな、子どものような声に自分でも驚く。

 「大学に落ちたからって漫画家になれないわけではないよ。結果がすべてだよ、結果が。大学は過程に過ぎない」

 左柄は落ち着いた声で淡々と言う。

 「有名美術大学生が言っても説得力無いな」

 「まだ高校生」

 そういう事じゃないんだけどな、と言おうと思ったが口を閉じた。左柄の降りる駅に着いたのだ。左柄は画板を持って立ち上がった。

 「俺は、鹿江の描く絵が好きだよ。大学や先生達が何て言おうと、俺は好きだよ」

 「それじゃ駄目なんだよな」

 笑って言うと、何も言わずに左柄は降りて行った。



 扉が開く音で目が覚めた。車内は自分しか乗っていない。慌てて腰を上げ、駅の名前を見る。自分の降りる駅よりかなり前だ。ほっとして再び腰を下ろす。かなり寝ていたと思ったが、そんなに長い時間眠っていたわけではないようだ。

 懐かしい夢を見た。二年前、高校三年生の時の夢だ。あれから僕は、第一志望の美術大学には落ちて、地元の大学に進学した。左柄は大学に進学と同時に東京で一人暮らしを始めた。

 窓の外は暗く、たまに流れる街灯の光も、今では「流れ星みたい」とは思えない。車窓に映る自分の姿は二年前と比べて髪が伸びて、少し痩せている。

 再び電車が停車する。その駅は、いつも左柄が降りていた駅だった。制服姿の左柄を思い浮かべた。

 少し足を伸ばすと、足元に挟んでいたB4の漫画原稿用紙を入れた鞄が、音を立てて倒れた。


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