最強との婚約
西園寺蜜映、土の魔術師を多く輩出する名家、西園寺家の長女にして、魔力なし。
それが私の生まれた時の肩書きだった。西園寺家の長女が魔力なし、珍しいことではない。魔術というものの最盛期は平安時代と言われ、時代が変わっていく過程で魔術は人間の進化には不必要と判断されたようで魔術を使うための魔力を有する人間は減っていき、現代の日本においては魔力を有する人間は一握り程度となった。
その一握りの人間のほとんどは、魔術四大名家と言われる土のギフトの西園寺家、光のギフトの東條家、水のギフトの南雲家、火のギフトの北宮家の人間ばかりであり、その他も多くは遠い分家の人間が大半を占める。蜜映の魔力なしを信じれなかった西園寺家当主である父は無駄だと言われながらも私のギフトを鑑定させた。
そして、現れたのは
平安時代に平民でありながら東宮の妃となるほどの力を持った特別なギフト、相手のギフトを完全に子供に継承させることができるギフト、完全継承のギフトだった。
父はすぐに国に私のギフトを報告した。すると国からの通達は一つ。
最強の魔術師との婚約。
既に天皇家には魔力を有するものは産まれなくなっていた。このギフトを上手く使うには、最強の魔術師の子を産むことが最善。
そして、最強はいた。
北宮誉、北宮家の長男であり、火のギフトではなく平安時代に最強のギフトと呼ばれたコピーのギフトを持って生まれた。彼が最強の言われるのは、コピーのギフト持ちだからだけではない。
「西園寺蜜映と申します」
だるそうな誉に、俯いたまま挨拶をする蜜映。
「北宮誉だ」
西園寺蜜映15歳、北宮誉16歳の時、2人は婚約した。
「俺はお前のことなんてどうでもいい、ただ、俺の婚約者になるっていうなら俺に愛される覚悟はあるんだろうな」
誉は立ち上がり、蜜映の顎を掴む。
「誉!!」
誉の母親が、声を上げるが
「分かってるだろ、最強は1人の人間を執着的に愛する傾向にあるって」
最強は、2人現れる。
コピーのギフト持ちと時空のギフト持ち、そして2人とも、1人の人間をまるで番のように執着的に、誰にも触れさせないように、強く愛する。
「まぁ、お前がその番になるのかはわかんねぇけど」
番として最強に選ばれなかった場合、子供を産んだらそのまま子供を取り上げられていないように扱われるのがオチだろう。
「このギフトを持ったと知った日から、覚悟してます」
蜜映は真っ直ぐと、誉の目を見た。この男の妻になるのだと、何度も言われて、教育されてきた。すると、誉の顔が強張った。その声は苦しそうに
「…お前だ」
そう言葉を吐いた。今度は、蜜映の頬に手を添えると、誉はそのまま顔を近づけた。
「奇跡だな、お前が俺の番だ」
そう言って、唇を重ねた。
国内で唯一、魔術について学ぶことができる高校、国立帝承高校、生徒は基本魔力を有している者で構成されており、魔術を使った授業をするため人目につかない都内の山奥に存在する。
魔術四大名家は、東京都の北宮家以外は各地方に邸宅を構えており、その子供が進学するため寮制度を設けている。
そこに、魔力を持たない西園寺蜜映の進学は不必要だった。
「俺が俺の目の届かないところに蜜映を置いておくわけないでしょ?」
そんな誉の言葉で、西園寺蜜映は西園寺家の推薦ではなく、最強の魔術師北宮誉の推薦で帝承高校に進学した。
「今年も見たことある苗字ばかりだな」
校長はそう言いながら、たった3人の入学者のリストを机に置いた。
「しかし、1人は魔力なしです」
一年生の担任がそう言いながら、西園寺蜜映のデータページを開く。
「北宮誉のわがままだろう。最強に貸しを作るのはいいことだ」
校長はクスリと笑いながら、西園寺蜜映のデータを見る。
「北宮誉の番なんだろう、可哀想に一生北宮誉からは逃げられないぞ」
「しかし、彼女は完全継承のギフト持ちです。運命といった方がいいのではないですか」
「まぁ、そうかもしれないな」
校長が窓の外を見る。そこには、入学式を終えて寮に戻る蜜映と蜜映の手を掴み蜜映に笑いかける誉の姿があった。
「最強の愛し方はしつこいらしいからな、耐えれるといいな」
校長は、2人を眺めながら笑った。
魔術界では、魔力量が少ないものには、魔術師という分類の中に2つの職業がある。魔術師の魔物討伐などの仕事を後ろからサポートするサポーターと結界を張ることに専念する結界師だ。しかし、これは魔術師としては魔力量が劣るがある程度の魔力がないとなれない。
「蜜映は、事務の志望?」
蜜映と同じ一年の東條桃が、蜜映に聞く。
「一応は、事務志望」
西園寺家の長女として生まれ、父も母も土の魔術師で、一個上の兄も土の魔術師であり、魔術界だけを見てきた蜜映には魔術界以外で働くというのはあまり想像ができなかった。
しかし、自身に魔力はない。
魔力がないと、魔術師の主な仕事である魔物討伐の魔物が見えない。魔物が見えないだけでなく、魔術師の繰り出す魔術も見えないのだ。残るのは、事務しかない。
「桃は、光のギフトだっけ?」
「光のギフトって言うとわかりづらいけど、電気系の魔術」
「南雲くんは水のギフト?」
「そう、オレは水のギフト」
一年生の代は、東條家の嫡女で次期当主の東條桃と南雲家の次男でありながら長男の魔力が少ないために次期当主最有力と言われている南雲龍二と最強の魔術師の婚約者西園寺蜜映という濃いメンツが揃っていた。
「はーい、魔力を用いた体術の授業を始めます」
体術の授業では、魔術師が東條と南雲の2人しかいないため1学年上の二年生との合同授業になる。二年生には、蜜映の兄で土のギフト持ちの西園寺昴と蜜映の婚約者で最強の魔術師北宮誉、そして150年ぶりに言霊のギフトが継承された久世閑夏の3人が在籍している。
魔力を有し、ギフトを持つものは、魔術師昇級試験を受け魔術師としてのランクをつけられる。そのランクによって、上級から下級に振り分けられた魔物討伐案件の仕事を依頼される。帝承高校在学中は、帝承高校所属魔術師として扱われ、帝承高校を介して国の極秘機関魔術省から仕事の依頼を受ける。日本で唯一の最上級魔術師として認定されている北宮誉は今日は魔物討伐の任務を1人で消化しに行っているため、体術は一年生2人、二年生2人と丁度いい人数になっている。蜜映はそれを見学するだけだ。4人の近接戦闘訓練を見ながら、レポートを書く。魔力なしの見る景色というのは、魔力持ちにはわからないため、見たままのことを書き写していく。
うんうんと唸りながら蜜映がレポートを埋めていると
「蜜映」
そう後ろから呼ばれて振り返ると誉がいた。
「あれ、今日はお仕事じゃなかった?」
「うん、30分もあれば終わるからね」
全部水の魔術で氷漬けにしてそのまま砕いてきた、なんて笑いながら誉が言う。
「今は体術の授業か」
最上級魔術師ともなれば、魔術系の授業の単位は免除されている。誉は蜜映の隣に座り、蜜映のレポートを見る。
「今は、久世が言霊で南雲の動きを止めてるけど、蜜映には南雲が不自然に止まったように見えてるんだ」
「うん、魔力を乗せた言霊は声自体が聴こえなくなるから」
言霊は魔力なしには聞こえないが、魔力なしにも通じる。
「(言霊の魔術、止まれ)」
誉が蜜映に向かってコピーした言霊のギフトを使う、もちろん蜜映には聞こえていないが、蜜映の動きが止まった。誉は微笑みながら、蜜映の頬に手を添えるとそのままキスをした。
「(解除)」
「魔力なしに魔力を行使しないで!」
「どう?言霊」
「聞こえないけど、通じるのは怖い」
「まぁ言霊使えるのは、久世とそれをコピーした俺だけだからこんな目にあうことはないだろうね」
誉は、嫌そうな顔をした蜜映を見てケラケラと笑い出した。
「別に私を言霊で止めなくて、キスぐらいいつもしてるじゃない」
「まぁね、何となくやってみたくなっただけ」
怒らないで、と、誉が蜜映の頭を撫でる。
「怒ってない」
そう言いながらそっぽを向く蜜映を誉は面白いなぁと思いながら眺める。
「あ、授業終わった」
今日最後の授業が終わり、一、二年分かれて教室に戻る。
「見えてたよ〜、蜜映」
教室に戻ると桃がニヤニヤと笑っていた。
「文句なら誉に言って」
「最強に文句なんて言えるわけないじゃん」
無理無理と桃が手を横に振る。
「しかし、本当に番なんだな」
南雲の言葉に、蜜映が頬を赤く染める。
「北宮誉って、あんなに優しそうなの蜜映の前以外じゃ見たことないよな」
「そうよね、国から決められた婚約者にして番だなんて奇跡ね」
そんなことを話していると担任が教室に来て、HRが始まる。
「明日は、南雲と東條は二級案件の仕事の依頼が来てるから朝からそちらに行ってくれ。西園寺は、事務室に行って魔術事務の仕事を手伝ってくれ」
三人は事務連絡に返事をすると、HRが終わり各々任務や寮へ帰宅する。