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「今までありがとう」こそ究極の愛の言葉

作者: 毛利八重子

「君を愛している」

クローズアップされた人気俳優・福家勝則演ずる義彦の甘い言葉。

そして、テレビドラマはCMに変わった。


食い入るように見入っていた文代は我に返った。

プチっとスィッチを押して立ち上がった。


(そろそろ晩御飯の支度しなくっちゃ。買い物に行かなくっちゃ。)

(あ、でも、今日は出張中の玄の晩御飯はいらないから、残り物だけで済ませられるかな。)


玄はいつも私に

「いつも考え事してるようだけど、なに、そんなに考えることがあるの?」って聞くけれど、

専業主婦だって、いろいろ考えることあるんですって。

例えば、今日の晩御飯の支度のことだって、

残り物で済ませれば、少しは節約になるのじゃない? な~んて、考えるわけ。


それにしても、福家君って素敵だなぁ。

あの顔で「愛してます」なんて言われたら・・・

平常心でいられる人なんていないんじゃない?


そう言えば、玄からは一度も「愛している」とか「好きです」とか言われたことないな。

結婚前も、結婚してからも。


確かに玄は名の通り、そんな言葉が似あう人ではなかった。

おまけに無口だし。

まるで、「はい」と「いいえ」さえ言えれば生きていけますという実験でもしているようだ。

しかし、必要な時には厳然として立ち向かう。

理路整然とした言葉も出てくる。

だから、まあ、私だって、その意気に感じて敢然と行動をする玄が好きになって結婚したのだけれど。


玄と文代は同じ職場で働いていた。

非常に忙しい職場だった。

ほとんど毎日深夜遅くまで残業、休日出勤もいとわず働かなければならなかった。

だから、二人は同僚と言うよりは戦友だった。


文代はそんな頃のことをよく思い出す。

確かに玄は少し変わっていたかもしれない。


そういえば、結婚式の時だって。


結婚式の司会は玄と私の共通の友人である藤沢さんが買って出てくれた。

藤沢さんは心に残る結婚式をいろいろと考えられていたらしい。

事前に何度も打ち合わせをして列席してくださる方々に失礼がないように気を配っていてくださった。


結婚式は藤沢さんの司会のおかげで厳かに、楽しく、和やかに進んでいった。

そして、「最後に」と藤沢さんは言った。

「新郎から新婦へ心からの愛の言葉を告げてください。」と。


え? そんなこと、打ち合わせになかったのに。

隣の玄を見ると困ったように動かない。


藤沢さんが再度

「愛の言葉をどうぞ!」という。

その言葉に仕方がなく、玄が立ち上がった。

それにつられて私も立ち上がった。


そして、玄は、私の方を向くと言ったのだ。はっきりと。

「今までありがとうございました。

これからもよろしくお願いします!」


一瞬、しんとなった会場は笑い声と拍手の渦に包まれた。

「いかにも玄らしい」そんな言葉も聞こえてきた。

おそらく、藤沢さんは

「愛しています」などと言う言葉が似合わない玄にそれを言わせるサプライズで場を盛り上げようとしたのだろう。

玄から発せられた言葉は違ったけれど、藤沢さんの思惑とは違ったけれど、それが満場の拍手喝さいを浴びることになったのだった。


「本当に玄ったら、」

思い出を手繰りながら、文代はちょっとぼやいてみた。


「いくら玄だからって、1度ぐらい、「愛してる」って言ってくれたって良いのに、あの福家君みたいに」


その時、携帯のベルが鳴った


携帯をとった文代の耳に

玄の声が聞こえてきた。


「今、知床の観光船の中だ。

観光船が沈んでいく

今までありがとう」


そして、

声は途絶えた。


一瞬、文代には何が起こったのか、分からなかった。


心の奥深くで

「今までありがとう」

の言葉が熱く熱くリフレインしていた。



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